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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百十一) 受け取る当人の姓名は
網守子の目には証拠の様に見え、谷川の目には証拠で無い様に見える。是は谷川の見方が本当である。古江田利八が、印度やビルマ(現在のミャンマー)に於いて、宝石を得たと言うことは分かっても、其の宝石を持って、国へ帰ったと言うことも分からなければ、猶更(なおさら)印度丸へ乗り込んだなどとは分から無い。そうすれば、印度丸の破船から得たと言い伝えられる、鰐革の袋の紅宝石(ルビー)が、此の利八の物であることを証明するには、余程証拠が足りない。
更に谷川は様々に説明した。鰐革の袋の中の書付に、古江田利〇とあるけれど、下の字が消えて、利八であるか、利八で無いかは分からない。又古江田利八と言う名は、別に珍しい名でも無い。同名異人も無いとは限らない。
たとえ又、同名異人で無いとしても、利八が何の様な事で、其の紅宝石(ルビー)を譲り渡したかも知れ無い。或いは譲り渡したのでは無く、難船の為に失ったとしても、最う権利は消えて居る。当然に其の拾い主の物である。
何にしても、網守子に於いて、彼の袋を利八の子孫に返すと言う義務は全く無く、又利八の子孫が、何れほどの証拠を持って居たとしても、網守子の持って居る鰐革の袋の物を、返して呉れと言う権利は無い。
網守子は殆ど呆れた様に、
「法律も何も知らない、私の様な素人には、証拠が有り余る様に見えますけれど、貴方の様な法律家には、其れが見えないのですねえ。」
谷川は微笑して、
「先ずそうとして、其の後の事をお話し致しましょう。貴女の仰(おっしゃ)る印度丸の破船より五年の後に、此のロンドンに古江田利八と言う株式仲買が現れました。是は乙号書類で分かる通り、確かに印度やビルマに居た、古江田利八と同人で有りますが、其の五年の間、彼は何をして居たか、少しも分かりません。
併し彼は、仲買人として多少の成功を得、何不足無く暮らして三人の子を儲けました。其の子が悉く女であります。覚え易い為に、仮に其の名を松竹梅と申しましょう。長女松子は結婚せずに終わりましたが、此の女が、ここにある此の書類を持ち、伝えて居ました。
所が夫も子も有りませんので、死ぬ時の財産と共に寺に納めました。即ち是は其れ等から現れたのです。二女竹子は人の家に嫁に行き、其の子孫は、今でも有る様に思われますが、無論其の苗字は古江田では無いのです。
三女梅子も嫁に行ったことは分かって居ますが、良人(おっと)の姓名も其の後の成り行きも分かりません。
網「其れでは鰐革の袋を其の二女竹子の子孫の中、一番竹子へ血の近い人に還(かえ)して下さい。」
谷「還(かえ)すのでは無く、与えるのですネ。」
網「何方(どっち)でも同じ事です。」
谷「未だ受け取る当人の名前は、確(し)かと断定することは出来ませんけれど、略(ほぼ)見当は付いて居りますので、申し上げて置きましょう。」
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