巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百十四) 梨英の手紙

 網守子は添子の手紙を幾度も繰り返したけれど、何の為の逃亡かは更に分からない。
 素より解雇する積もりであったので、逃亡されても困りはしない様なものの、未婚の女が、付添人無しに独り住むことは、習慣が許さない。世間の人から、何の様に噂させられるかも知れない。

 特に網守子は、蛭田江南の為に、既に間違った噂が、世の人の口に登って居はしないかと、自ら気遣い、何とか江南に抗議をしなければならないと思って居る。ナニも世間の噂などは、聞かない振りで居れば、それで住む様な者で有るけれど、網守子の心の中には、取り分け悪い噂など、立てられ度く無い理由が有る。其の理由は読む人の推量に任せて置くが、全く網守子は当惑した。

 若しも添子の代わりに、然る可(べ)き付添人が見付からない時は、口さが無い都人の口の端に、自分の身を任せて置くよりも、寧(いっ)そ静かな故郷の島へ、帰ろうかとも思った。
 けれども今は、路田梨英の行方さえも分からない。せめては多少の手掛かりが有るまでは、此処を動き度く無い。

 あれこれ迷って決心がつかないで居る折しも、実に不思議な事が有った。それは梨英からの手紙が来たのである。イヤ何も不思議は無い。実は今まで手紙さえ来なかったのが不思議である。消印は此のロンドンでは無く、余程離れた地方からである。網守子は封を切るのさえ悶(もど)かしと読み下した。

 「何の訳をも申さずに突然、都を去ったのは、相済みませんが、私は貴女に約束した通り、生まれ替わった清浄潔白な人と成らなければ成りません。其の為に道を求めても、都は実に残酷です。私の様な失敗者を、顧みる人が無いのですけれど、私は失望しません。今もまだ、何うか身を立てる頼りをと求めつつ、奮闘して居ります。」

 是で見ると、多分彼は生計(くらし)の道を求めて居る様である。何故にその様な事をするので有ろう。都に居て絵をさえ書けば、仮令え買う人は無いにしても、生計(くらし)に困る様な事は私がさせないのに。私が使えと言う金は使わず、独りで苦しんで居る。男の意地でも有ろう。けれど何も私に、意地などは張らなくても好いこと。殆ど恨めしい様に思った。

 「此の身が立つか立たないか、今は分かりませんけれど、斃(たお)れるまで、求めてみる許かりです。身が立つまでは、お知らせする居所とて、定まりませんので、再び手紙も差し上げません。若し身が立てば、私から参上してお目に掛かります。其れまでは、私を世の中に失われた一人とお思い下さい。此の手紙は、唯一言申し上げなければ成らない事が有る為に、差し上げます。」

 唯一言とは何の様な事柄だろう。



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