巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百十七) 仕合せな男だなア

 唐崎夫人の小説を断られ、柳本小笛の詩を断られ、其の後へ路田梨英の手紙が来たので、是ばかりは何か嬉しい知らせで有ろうと、読んで見ると、下の如くである。
 「僕は君の為に絵を書くことを断然止めた。今までの契約は尽きた者と思い給え。先日君から受け取った千円の小切手は、焼き捨てたから、君の金は手付かずに銀行に在る筈だ。僕には最早何の義務も無い。是からは君は君の道を行き給え、僕は僕の道を行く。」

 文句は短いが意味は明らかである。余りの事に、江南は、椅子の上に尻餅を搗き、暫しは立ち直る勇気も無く、唯だ心の中で憤るのみである。
 「エエ、其れも是も、皆彼の網守子が原因で有るらしい。何だって唐崎夫人も、小笛も、梨英も、彼(あ)の女と知り合いに成ったのだろう。」

 自分を咎めずに、人を恨むのが此の男の常と見える。
 又次の便が下の手紙を配達した。中々江南の許へは来る手紙が多い。
 「私、寒村嬢の許を突然去る事に成りました。もう私には勤まりません。其の仔細は、今日か明日の午後参上してお話致します。併し、私のお話をお聞き成されば、決して私をお叱り成さらないだろうと思います。
    月   日        」

 是は全く添子の手紙である。何んの事だか良くは分からないけれど、此の様な時だから、何うせ吉(よ)い事では有るまいと、彼の顔は一層曇りが濃くなった。
 この様な所へ、恭々しげな取次ぎの老人が、一枚の名刺を持って来た。名刺の表には弁護士谷川潤三とある。江南は直ぐに何気ない様子を装い、
 「是へお通しせよ。」
と命じた。

 間も無く入って来た谷川弁護士を、江南は
 「イヤ、先生」
と言って上座に着かせた。谷川は今も自分の弟子に対する様な語調で、
 「蛭田君、君は何だって初鳥添子の様な無責任な女を、僕に推薦した。添子は昨日、出し抜けに寒村嬢の許を去った。殆ど逃亡同様である。僕は寒村嬢に対して申し訳が立たない。」

 江南は頭を掻き、
 「イヤ、決して無責任な婦人では有りませんが、必ず止むを得ない仔細が有ることと思われます。是れはキッと私が取り糺(ただ)し、貴方の面目の立つ様に致しますから。」
 谷「オオ、そうして呉れなければ困る。是れは是として、、今日来たのは、最(も)一つ君に問う事が有る。君は君の祖母さんが何処の家から嫁入って来たか知って居るか。」

 江「知って居ます。古江田と云う家から。」
 谷「オオ、古江田家からか、シテ、其の父の名は何と云った。」
 江「古江田利八」
 谷「爾(そ)うか。爾うか。君は仕合せな男だなア。全く其れに相違は無いのか。」




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