巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume118

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.4.28

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (百十八) 愈々利八の子孫

 全く此の江南の祖母(おばあ)さんが、古江田利八の娘で有ったのだろうか。
 「全く其れに相違は無いか。」
と念を押され、江南は怪訝な顔をして、
 「何で貴方は、其の様な事をお尋ねです。」
 谷川「イヤ、其の仔細は分かる時が来れば自然に分かるよ。今の所では、唯、君が古江田利八と云う者の、血統か否かを知り度いのだ。」

 江南「其れは伝家の聖書を見れば分かりますよ。」
 此の国の風俗では、家々に代々持ち伝える、大きな聖書が有って、其の表紙裏へ、代々の主人(あるじ)が、自ら自分の血統や、家族の生年月などを書き込んで置くので、聖書が即ち系図書きに成って居る。

 谷「フム、聖書の表紙裏に書いて有るなら確かだ。」
 江「其れも祖母さんの自筆です。炉の上の棚に在るから、持って来てみましょうか。」
 谷「イヤ、其れには及ばない。僕の方の調べでも、其の通りだから、最早疑いを容れる余地は無い。シタが、其の祖母さんは、何時頃まで生きて居た。」

 江「今から十三年前に死にました。私の十五の時でした。」
 谷「では良く覚えて居るな。」
 江「覚えて居ます。写真も有ります。」
 谷「したが君は其の祖母さんから、何か古江田利八の事を聞かなかったか。」

 江「折々聞いた事が有りますけれど、良くは覚えていません。」
 谷川は考えながら、
 「たとえば若い時に、印度へ出稼ぎに行ったと云う様な事を。」
 江「其れも聞きましたが、株式仲買をして、大金を儲けたと云う事を良く聞きました。」

 谷「印度で宝石などを買い集めて、帰国の途中で失ったとか、或いは難船で、痛(ひど)い目に逢ったとか云う様な話は、無かったのか。」
 江「其の話は良く記憶してません。」
 谷「何か古江田利八に関する書類でも、残っては居ないだろうか。」
 江「何にも書類は残って居ません。」
 谷川は口の中で、

 「矢張り此の俺の思う通りだ。遺産として請求する権利などは微塵も無い。随意の贈与を受け取ると云う事に成るのだ。」
 江南は先刻から谷川の言葉の様子を怪しんで居たが、益々疑いが募ったと見え、貴方のお言葉では、何か古江田利八が、財産でも残して有って、其の受け取り人でも捜して居るかと思はれますが、若しや此の私が其のーーーー。」

 谷「イヤそう早まり給うな。此の様な事は、得てして糠喜びに成る者だ。僕は人を喜ばせる事は好きだけれど、愈々確実と分かる迄は決して当人に打ち明けない。」
 江南は早や貪欲の眼に嬉しい様な光を浮かべ、
 「そう仰ると益々私へ、何か転がり込んで来る物が有る様に思われますが。」

 谷川はニコニコして、
 「もう間違いは無いらしい。緒(いとぐち)だけを話して置こう。併し君に愈々手に入る迄は、決して当てにし給うなよ。」
と念を押して、何やら打ち明けそうな様子である。




次(百十九)へ

a:451 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花