巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.4.29

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     (百十九) 君へ意外の品物が

 谷川弁護士の口振りで、最早や大抵は推量が出来る。古江田利八の遺産が、蛭田江南に転げ込むに極まって居ると、江南自ら見て取った。
 彼は我知らず、首を谷川弁護士の顔の前に突き出して、
 「ハーア、私の曽祖父(ひいおじい)さんの遺産が、何処からか出たのですね。」
 谷「イイヤ、爾(そう)では無い。決して遺産と云うことは出来ない。」
 江南「遺産で無ければ何ですか。」

 谷「君には直接に何の血縁も無い或人が、古江田利八の子孫へ、物を贈ろうと云うのだ。詰まり、随意の贈与と云う者だ。」
 江「アア其れで私の曽祖父さんに、何か大恩を受けた人が、子孫へ恩を返そうと云うのですね。」

 谷「先ア、そうと思って居たまえ。少し事情が違うけれど、何にしても君、意外な品物が転がり込むのだ。余計な財産が不意に出来ると云う者だ。」
 谷川は成るべく軽く云って置けば、、実物を受け取った時の喜びが大きいし、若し又間違いと分かった時に、失望の度が少ないと、長年の経験から割り出して、総て軽く云うのである。

 江「エ、意外な品物とは?金の塊ででも有りますか。」
 谷川は快げに打ち笑い、
 「ハハハハ、そう都合好くは行くまいよ。金の塊などとは。」
 江「でも貴方が余計な財産と仰(おっしゃ)るからは、満更の品物でも無いだろうと思われます。金目に積もれば、凡そ何れ位の物でしょう。一万円(現在の約一千万円)にも成りますか。」

 谷川は又笑って、
 「そうさ、一万円ぐらいと思って居れば、大した間違いは無いだろうよ。驚く無かれ、只(たっ)た一万円かな。」
 江「其れは何時受け取る事ができますか。」
 今の江南に取って、一万円はたとえ、焼け石に水にもせよ、心持は地獄で仏の感が有る。

 谷「愈々君に渡すと決まれば、明後日か其の翌日」
 江「一万円は欠けないでしょうね。」
 谷「イヤ、僕は是で用事が済んだからお暇する。愈々の時には更めて沙汰するから、僕の宅へ来て呉れ給え。」
と言って、其のまま立ち上がり、口の中で愉快そうに、
 「驚く勿れ、只った一万円」
と繰り返しつつ去った。

 後に江南は顔に喜色を浮かべて、
 「物堅い谷川が、ああ迄に云うからは、決して一万円を欠ける恐れは無い。捨てる神あれば助くる神ありだ。路田梨英に遣った千円も助かるし、是では何(どう)にか一時を切り抜ける事が出来る。」
と言い、直ぐに印刷会社へ電話を掛け、
 「両三日の中に必ず多額の内金を渡すから、其れまで待って呉れ。」
と断ったが、其れが終わると、又例の恭(うやうや)しい老取次ぎが来て、

 「貴婦人です。お名前は云うには及ばないと仰ります。」
 扨(さ)ては唐崎夫人であろうかと思い、一寸眉を顰(ひそ)めたが、
 「是へお通しせよ。」
と命じた。引違えて入って来た其の貴婦人は、誰あろう網守子である。





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