巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百二十一) あきれ果てた言い分

 江南は悸(ぎょ)と閊(つか)えて、暫(しば)しアタフタした末、
 「其れは唐崎夫人が、私の素振りに由り、的っきりそうで有ろうと察し、自分決めに、貴女へ祝辞を述べに行ったのでしょう。私の知る事では有りません。」
 好くもここまで巧妙な偽りが、咄嗟の間に出た者である。

 網「偽りで固まっている貴方の弁解を、此の上彼れ是れ争うのは無益です。唐崎夫人の事は何うでも好いと致しまして、此の後、若しも貴方の口から、世間へ私と懇意である様に仄めかせば、私は迷惑です。決して私の名を口に上さない様にして下さい。」
 江南は嘲笑って、

 「ホホホ、大層厳重な談判ですね。何も貴女と婚約が出来たなどと、その様な事は言いませんが、其れでも貴女の名を口にしないと云う約束は出来ません。若し口にした場合には、何うして私を罰しますか。」
 是は網守子を怒らせて、決心の底を探る為であろう。
 網「其の時には、私も貴方が詐欺漢であることを、遠慮無く世間の人の前で申します。」

 江南は異様に落ち着き、
 「分かりました、貴女の名前は決して口に上さない事に致します。けれど貴女を恐れる為では有りません。第一私を詐欺などと云う、その証拠が何処に在ります。正直な者を詐欺と言う、貴女こそ偽りでは有りませんか。私が貴女の事を口にしない代わりに、貴女も若し私の事を口に成されば、私も貴女を詐欺で有ると言いますよ。」

 実に呆れ果てた言い分である。是では網守子の身にも、何か暗い所が有って、互いに口留めの約束をし合う様な者で有る。お前の悪事も言わないから、俺の悪事も口外する勿(な)と、窃盗(どろぼう)と窃盗(どろぼう)とが、約束を交換するのと少しも替わりは無い。網守子は殆ど火の様に怒った。

 此の様な場合に網守子は、未だぐっと落ち着くほど世故に長けて居ない。全く怒りを顔にも声にも現して、
 「貴方を詐欺と言う私が、何で偽りです。貴方は先夜のマチネーを忘れましたか。彼の時に試演した戯曲は、貴方が欺(あざむ)き取ろうとした柳本阿一の戯曲です。彼(あ)の時の詩は、貴方が自分の詩の様に世間を欺いて居る小笛嬢の詩で有りました。其の上に貴方の小説とても、唐崎夫人が作ったのでは有りませんか。」

 江南は又嘲笑って、
 「其の様な事は何の証拠が有ります。証拠の無いのが、無根の証拠では有りませんか。」
 網守子は悔しそうに、
 「証拠は、証拠は。」
と叫んだが、是ほどの証拠をば、証拠で無いと云われては、この上の証拠は無い。

 江「ソレ、証拠が無ければ、貴女の方が偽りでしょう。」
 網守子は空しく部屋中を見回したが、証拠の上の大証拠が、目に留まった。其れは部屋の一方に在る路田梨英の書いた額である。




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