巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume126

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.5.6

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (百二十六) 軽々と振った

 網守子は全く思案も尽きた。再び江南が両手を広げて進み寄るのに、最早や罠に罹(かか)った小鳥の様な者である。唯だ虚呂虚呂(きょろきょろ)と四辺(あたり)を見回した。其の目には絶望の光が満ちた。
 此の時網守子の目に留まったのは、部屋の一方に懸かった、古代の武器である。是は此の頃の流行を追い、部屋の飾りとして、種々(いろいろ)取り揃え、高く壁に吊るしてある。若し此の武器が自分の身を救わなければ、他に救いの神は無いと思った。

 江南が抱き締めたと思った両手の間を、網守子はヒラリと抜けて、早くも窓に攀(よ)じ登り、身を斜めにして壁の上方に手を伸ばした。其の有様は、殆ど軽業師にも近い。江南は只管(ひたすら)に呆れ、何事とも、良く其の意味を解し得ることが出来なかった。併し是れは怪しむに足りない。網守子は、幼い頃から島に育ち、毎日の様に険しい岩角に攀(よ)じ登って居た。其の熟練が、此の際は我知らず現れたのである。

 個の様にして網守子の手は、古代武器の中にある、印度の大斧(おおまさかり)に触れた。重さは何貫匁(何キログラム)あるだろうか。良く日本から来る絵に在る、金時の持って居るのに良く似て居る。頭は風子形(ふうじなり)に広がり、恐ろしい刃が付いて、堅い木の柄がすがって居る。此の斧に、網守子の手が触れると共に、ドシンと重い音を立て、網守子の身体と共に床に落ちた。

 網守子は直ぐに其れを取り上げて立ち、軽々と両手で振った。
 生まれてから十六歳の時まで、英国第一の荒海を、朝から晩まで櫂一挺で乗り切って居た島の娘の腕には、都の婦人の腕には無い力がある。男にも振り難い大斧が、網守子の腕には、其れほど重そうにも見えない。

 此の時の、江南の驚きほど酷い驚きは、又と起こることは無いだろう。彼は腰の力さえ半ば抜けて、其の身を支え兼ねる様に、身体が中腰に低くなり、眼は丸く開いて殆ど眼窩から飛び出るかと疑われる。網守子は大斧を杖の様に突き、江南の前に直立して、

 「戸をお開き成さい。」
 江南は返事する言葉が出ない。多分は舌の根も剛(こわ)ばったのであろう。ここに至っては、全く主客が転倒した。今が今迄江南の手の中に、籠の鳥同様の惨めな有様であった網守子が、江南をアベコベの地位に立たせ、

 「サア、入り口の戸をお開き成さい。」
と一歩網守子が詰め寄れば、江南は踏みも定まらない足で蹌々(よろよろ)と一歩退いた。



注;風字形(ふうじなり)・・・・風の字の様に斧の刃の部分が広がっている様子





次(百二十七)へ

a:127 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花