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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百三十三) 含首役(うなづきやく)
実に添子の智慧は、滾々(こんこん)として湧いて出ると江南は思った。
添「私は此の部屋を美術室に致します。今から私の交際術で、一月と経たない中に、江南夫人の美術室が、総ての美術家の中心と成る様に致します。
譬えば、買い手を求める画工も、此のサルンへ来れば買い手が見付かる。古美術品を求め度い外国の漫遊客も、此のサルンへ来れば、其の道の人と知音(ちかづき)にも成れる。従って目指す品を尋ねる見当も付く。何でも美術に就いての一切の便宜が、此の部屋で得られると言う様にすれば、随分に公密銭(コミッション)も得られます。外国の漫遊客から取る利益だけでも、少なくはないでしょう。」
江南は我知らず、
「旨い、旨い」
と叫んだ。
添「其れで私は毎土曜日に、多くの客や美術家が此の部屋に集うように致します。」
江「感心だ、其れが好い。」
添子は少し謙遜の語調と為り。
「けれど、此の様な事が出来るのも、皆貴方のお蔭ですよ。貴方が芸術界の大天才とも、権威とも云われて居ればこそ、私に此の様な事が出来るのです。」
江「其れはそうだ。私の身に充分に信用が無ければ、如何なる計画も行われる筈は無い。」
添「其れですから、貴方は矢っ張り大天才と言う積もりで、最もらしい顔をして、此の部屋に居て、成るたけ口数を少なく、客に接しても、唯含首くと言う位に成さるのです。貴方が含首いた品に、間違いは無いと言う程の、信用を得なければ成りません。」
江「分かった、分かった。」
こうなっては、江南は何でも二つ返事である。
添「其れに就けては、私が美術の鑑定に妙を得た幽霊を捕らえて来ますから、何でも美術品は総て其の幽霊に鑑定させ、貴方は夜の間に幽霊の説を聞き、昼間に成れば、お客の質問に対して、其の幽霊の言葉を繰り返すのです。」
江「宜しい、宜しい。」
添「其れで貴方は、インスピレーションの来ない間は、創作に従事しないと云い、余ぽど優れた代作の有るまでは、自分の作品を示さない事にするのです。」
江「オオそうしよう、そうしよう。」
一切の相談が略(ほ)ぼ調った。ここに至って添子は深く自ら感じた様子で、
「ですが貴方、此の様にして成功するとも、イイエ、成功するに極まって居ますが、是は矢張り詐欺生活ですよ。」
いかにも詐欺生活である。けれど流石に江南も、此の断定ばかりには二つ返事が出来ない。
江「其れはそうだけれど。」
添子は恨めしそうに、
「私が自分から詐欺生活を言い出す様に成ったのも、矢張り貴方に引き入れられたのですよ。私の行いに何の様な詐欺が有っても、私を恨んで下さるなよ。何も彼も御自分の所為だと思って下さいよ。」
と妙に悲しそうな言葉を吐いた。
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