simanomusume138
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百三十八) 又アノ網守子?
江南は熱心に、
「無論私の心底から感謝しますが、併し其の品物は何ですか。何して現れて来ましたか。」
谷川弁護士は、中々味を遣る人である。宛(あたか)も、小説家が或る事柄の筋道を述べるが如く、成るだけ大事の点を後に廻し、先ず気を揉ませて置いて、後に喜ばせると言う順序を取り、妙に迂遠(まわりくど)く、少しづつ話して行く。
「そうだね。何の品と一口には話し難い。言わば海の底に沈んだ宝が、波に打ち揚げられたとでも言う様な次第さ。到底回復の出来ないと極まって居る品物が、不意に回復せられと、先ずこう思い給え。」
果たして江南は、ジレったそうに、
「貴方は謎の事の様な事を仰る。」
谷「そう急ぎ給うな。終わりまで辛抱して聞く値打ちは有るよ。先日も君に聞いたが、君の祖母(おばあ)さんは、誰の娘だとか云ったねえ。」
江「古江田利八の娘です。」
谷「其の名は。」
江「竹子と申しました。」
谷「詰まり其の竹子の父、古江田利八から伝わる様な者だから、君は古江田利八を尊敬もし、記念しなければ成らないと言う者だ。」
江「記念しますとも。生前に於いて、財産を作った人を私は尊敬します。取分け其の子孫へ、財産を残したと有れば、子孫として其の人を記念するのが当然です。」
谷「けれど古江田利八の遺産が、今更転がり込もうなどと、君は夢にも思わない筈だ。」
江「夢にも思って居ませんでした。」
谷「此の利八が、若い頃に印度に行ったと言う事だけは、君も聞き伝えて居るとの事であったが、印度で多少の財産を作ったと言う事を、君は聞き及んだのか。」
江「イイエ聞き及びません。」
谷川は益々油が乗った調子で、
「此の利八は、中々働き人で有ったと見え、印度からビルマ辺までも行き、其の国の国王の気に入られ、褒美や報酬として、少なからぬ賜物が有った、当時は銀行も無く、為替の方法が無い為、成るたけ持ち運びに便利な様に、宝石類を買い集めた。」
江「ハハア、其れは面白い話ですねえ。」
谷川はニコニコして、
「面白いとも、此の話の終わりの方は、モッと面白いよ。君に取っては取り分けさ。先ず聞き給え。其れから其の宝石類を鰐革の袋に入れ、自分の首に掛けて、此の国へ帰る船に乗った。シタが此の様な話が君の家に伝わっては居ないのか。」
江「ハイ、今聞くのが初めてです。」
谷「そうで有ろう。其れから其の船が、イヤ船の名は無論君は知ら無いだろうね。」
江「知る筈が有りません。」
谷「其れは印度丸であった。所が其の印度丸が、此の国の近海まで来て、紫瑠璃(Seilly)群島の間で難破し、貨物も乗客も残らず沈没したが、独り古江田利八だけが、今の寒村嬢の先祖に救われた。」
江南は驚いて、
「エ、網守嬢、又アノ網守嬢ですか。」
と何だか恐ろしそうに顔の色を変じた。
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