巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百五十七)  何方が痛い

 後をも見ずに立ち去る梨英を、谷川は急いで呼び留めた。
 「貴方は鑑定料を払うことをお忘れ成さった。」
 梨英はハッと思い、
 「エ、エ、鑑定料を?私は・・・・私しは・・・・。」
 谷「爾(そ)うです。此の事務所へ来て、私の執務時間に、法律に関する意見を聞く方は、鑑定料を出す可きです。」
 
 梨英は顔を赤くして、衣嚢(かくし)の中の財布を探りつつ、
 「如何ほどです。」
 谷「初めての一事件は、最初の一回が最低百円(現在の約10万円)」
 梨英は身を切られる様な嘆息を発した。爾して財布を握った彼の手は、容易に衣嚢(かくし)から出ようとしない。

 彼は今、百円の金が無い訳では無いけれど、今の彼には、全く自分の肉を切り取られるのと、百円取られるのを、何方(どっち)が痛いか分からないほどである。
 「私はーーー、貴方に鑑定を請わなかったとは云いません。けれど、貴方が網守子の事を托されて居る関係上、当然に私の問に答える可(べ)き筈かと思いまして。」

 谷「イヤ、網守嬢から、前以て 話でも有った方なら爾うですけれど、貴方はご自分の権利の為と思って、私の法律上の知識を請いに来ました。果たして貴方が網守嬢の友人であるか否やさえ、私には分かりません。」
 梨英は返す言葉が出ない。

 単に、
 「成るほど」
と云ったまま、百円を取り出して谷川の前に置いたが、彼の目には涙を湛(たた)えて居るかと疑われた。
 谷川は、此の見窄(みすぼ)らしい男が、好く百円を出すことが出来たと思った。

 「貴方が是を支払った上は、私は今少し貴方へ説明すべき事があります。」
 梨「イイエ、此の事に就いては最う何も聞く必要が有りません。私は鰐革の嚢に対し、何の望みを掛ける筋が無いのです。」

 彼は早く宿に帰って、何とか善後の道を考えなければ成らない。思いも寄らない百円の損失で、彼の予定の計画は非常な狂いを生じた。
 谷「貴方は鰐革の嚢の事を、久しい以前から知って居ながら、何故早く網守嬢に対して、御自分が古江田利八の子孫であると云いませんでしたか。」

 梨「イヤ最う其の様な事はお答えしません。」
 谷「でも私は貴方の挙動を疑わしく思います。」
 梨「何とでもお疑い成さるが宜しい。私は一週間前までは、自分で古江田利八の子孫だと知らなかったのです。」

 谷「何(どう)して貴方が利八の子孫ですか。」
 梨「私の母の実母が梅と言って、古江田利八の第二女であることが、戸籍の記録で分かりました。けれど私は最う此の事を誰とも話すことを好みません。此の様な古い戸籍を見た事さえ、忘れて了(しま)う様に勉めます。全く貴方の鑑定で、迷いの夢が醒めた事を多謝します。」
と言ったまま、今度は本当に去って了(しま)った。

 後に谷川は、非常に不本意そうに、気の済まない顔で考え込んだ。



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