巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume160

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百六十)  彼が?従兄弟?

 谷川は、梨英の言語応対が、総て誠しやかなのに感心し、取り分けて彼の天才に惚れ込んだ。決して下絵三枚に、三百圓払うのが惜しく無い。

 其の上に、壁の額に在る江南の「乙姫」が実は梨英の筆で有ることを知って、扨ては梨英が江南の従兄弟である為、陰に隠れて江南の絵に助筆して居るのかと思った。何にしても、合点が行った様に思うことや、合点の行かない様に思う事が種々あるので、更に其の辺の事柄も、出来るだけ良く知り度いと思って居る。

 けれど梨英は驚いた。
 「此の下絵を三百圓(現在の約30万円)?其れは高過ぎます。貴方が其れほどお出し成さるならば、三百円に相当すると思う絵を別に書いて上げましょう。」

 谷「ナアニ、絵の値は、買い手の希望に準じて定まります。貴方が例え千円と云った所で、希望者が無ければ、其れ迄の事、或いは貴方が無価値だと思っても、三百圓の買い手が附けば三百圓です。私は色々の意味に於いて、此の絵を三百圓で買い度いのです。」

 梨英の心には、底の方から嬉しさが込み上げて来つつある。今三百円手に入れば、全く自分の境遇が、極楽に入った様になり、何の様にでも、前途の出世が出来るだろうと思われる。
 「其れでは貴方の希望に従いましょう。けれど私は気が済みませんから、後で三百円相当と思うだけの絵を貴方に贈ります。」

 谷「ナニ、其れに及びません。若し此の下絵が貴方の従兄弟の筆ならば、誰でも三百圓では安いと云いますよ。」
 梨「私の従兄弟とは」
 谷「此の下絵のモデルです。蛭田江南です。」
 梨「何で江南が私の従弟です。」

 谷「アア、貴方は、ご自分が古江田利八の子孫で有ることを、ツイ最近まで知らなかったと云いましたね。其れでは従弟とは知らない筈ですが、彼は貴方と同じく其の利八の曽孫です。」
 梨英は驚いた。
 「彼が利八の曽孫、私の従弟?」

 谷「貴方は利八の娘梅子の孫だと仰ったが、彼は梅子の姉竹子の孫です。」
 梨「爾(そう)ですか。私は彼と私の間に血縁が続いて居ようとは、少しも知りませんでした。又血縁の続いて居ることを、少しも希望しません。実に意外ですよ。爾うすればーーー。」
と云って少し考え、

 「爾(そ)うするとーーーー。彼がーーー、鰐革の嚢を受け取りましたか。」
 谷「爾(そう)です、彼が受け取りました。私は好意上貴方へ、是だけの事は、打ち明けて置く可(べ)きだと思います。」
 梨英は顔の色を変え、
 「彼は何と云う運の良い男でしょう。」
と、言う声も震えた。

 谷「貴方は彼を羨んでは可(い)けませんよ。」
 梨「ハイ、決して私は羨みません。」
とは言う者の、殆ど心の痛みを隠すことが出来ないほどに聞こえたのは、無理も無い。



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