巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (十七) 網守子の相続

 若しも梨英の手紙が、もっと打ち解けた調子であったなら、網守子も、自分の思うがままの言葉を書いて、早速返事を出したのであろう。宛(あたか)も、咲き出そうとする蕾の花を、冷(さむ)い露が、凍らせて了った様な者である。
 終に返事を出さずに終わった。
 都に居る梨英は、返事が来ないのを、結局は、嬉しいと思ったで有ろうが、何やら物足りない心持ちがしたのでは無かろうか。

 けれど網守子は、梨英の贈り物を有難く思い、此の後は、毎日幾時間か其れ等の書物を読み、熱心に様々の事を独習した。翌年の春に及び、網守子の境遇に、大いなる変化が来た。其れは例の老夫人が、九十六歳で此の世を去ったのである。寒村家の血統は、遠い縁者を除いて、網守子の外に無い。十六歳の網守子が、此の広い古い古い家の、絶対君主とはなった。

 老夫人の死は、極めて自然であった。其の前夜、網守子の弾く胡弓の音に目を醒ました時、
 「網守子よ、お前、アノ鰐革の嚢(ふくろ)を、中の宝と共に古江田利八さんにお返しよ。」
と云ったが、翌日の昼頃に、睡眠のままで呼吸が絶えた。
 隣島初め、四ケ島の老人達は、大抵葬式に集まった。墓場は、王様の古墳より、少しく離れた樹の陰に在る。会葬者の中には、様々の密々(ひそひそ)話が交換せられた。

 男「全体此の家の財産は、何れほど有るだろう。五ケ島第一の旧家だが。」
 乙「爾(そ)うさ、大昔から難破船の積んで居た宝だけでも、何れほど此の家に入ったか知れ無い。其れに密輸入の時代には、五ケ島が、金貨の洪水であると言われた。」
 丙「だが、座して食らえば、山も空(むな)し云うでは無いか。」
 乙「ナニ、年々畑の収入と切り花の代価だけで、食うに余るほど有る。先祖代々の貯めた金は、一文だって減らしはしない。」
 丙「では網守子が、大財産を相続するのだなア。十五か十六の小娘だのに。」

 甲「幾等大財産だと言っても、金の祟りで、代々死に絶えては仕方が無い。命が惜しけりゃ、養子には来ぬ事さ。」
 丙「命が何だい。遅かれ早かれ死ぬのじゃ無いか。己が若けりゃ養子に来て、死ぬまでに散々使って楽しむわ。」
 乙「其の様な了見では、先様でお断りだよ。」

 全く網守子は、何の様な遺産を相続したのか分から無い。
 葬式の翌日の朝、下田の妻が、恭(うやうや)しく網守子に一束の鍵を渡し、
 「是は祖母さんが、肌身を離さなかった物です。貴方も其の通りにしなければ成りません。第一に此の鍵で、当家の財産を、お検(あらた)め成さい。」

 網守子は重い荷物でも結(ゆ)い付けられた様に感じながら、
 「お前、其の財産を見た事があるの!」
 下田の妻は、大変な秘密でも語る様に、先ず当たりを見廻し、声を潜めて、
 「貴方、知らせては可(いけ)ませんよ。」


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