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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百七十) 何が、何が、大変だ
全く添子の驚き方が、一通りで無いので、江南も驚かされて、
「添子、添子、和女(そなた)は何したと云うのだ。何を其の様に驚くのだ。古江田利八の紅宝石(ルビー)が何で和女は其の様に恐ろしいのだ。」
添子は返事する声が出ない。唯喘(あえ)ぐのみである。彼女の眼は狂人の眼の様に、空を見詰め、彼女の顔色は土の様である。
恐れだか、驚きだか、イヤ恐れと驚きとが重なって居るのだろう。彼女はやがて蹌々(よろよろ)と蹌踉(よろめ)いて、椅子の上に尻餅を搗(つ)いた。けれど自分では自分が今何をして居るかをも知ら無いらしい。余程の事柄で無くては、此の様に度を失う筈は無い。
江南は再び問うた。
「添子、何うしたと云うのだ。」
添子は切れ切れの声で、
「古江田利八の子孫が貴方?。貴方だろうとは思わなかった。貴方の口から此の様な事を聞こうとは、今が今まで、思い寄りませんでした。
何うせ私は露見するだろうと思わない訳でも無かったのです。けれど、けれど、多分網守子か誰かが気が附いて、ーーーイヤ気が附いた所で、何うともすることは出来ないだろうと思ったのに、其の酬(むく)いが貴方へ来た。貴方!貴方!」
江南も何だか恐ろしい、且つ心配に耐えられない。
「何うしたのだ添子。和女の云うことは少しも分からない。」
分からないけれど、江南の心には薄々と或る疑いが差し込んで、其れが形容の出来ない或る恐れとなりつつある。
「サア、分かる様に云ってお呉れ。」
添子は呼吸も苦しそうである。
「アア、先日私がーーーー四万円ーーーの小切手帳を貴方に見せました時、私は言いました。是で貴方と同じ詐欺生活に入るのだと。----爾(そう)です。
詐欺生活、詐欺生活、私は自分の云った言葉を良く覚えて居ますーーー私の詐欺生活は、矢張り貴方に引き入れられたのですよと断って置きました。---私は又云いました。私の行いに何の様な詐欺が有っても、私を恨んで下さるなよと。----アア貴方、貴方、大変な事に成りましたよ。私の云った其の言葉が、予言に成りました。其の予言が当たりました。何したら好いでしょう。」
添子の心に容易ならない恐れを抱いて居ることは、疑う余地も無い。けれどまだ江南には其の意味が分からない。彼は燥々(いらいら)と燥(いら)立って、
「モッと良く分かる様に云ってお呉れ、何が大変だ。何が、何が。」
添「彼(あ)の紅宝石(ルビー)が貴方の物にーーー私は爾(そ)う成ろうとは知らず、大変な事を、ーーー大変な事を。」
江南は耐え兼ねて、荒々しく添子の手を掴み、
「何うしたと云うのだ。早く、言え、早く、早く。」
と添子の身体を揺すぶった。
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