巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百七十二)台無しに

 
 添「今思えば、私は銀行の預かり書や目録などを見なければ好かったのにーーー見た為にツイ心が動きました。貴方、貴方、是も総て貴方の為ですよ。私は自分の欲心では無く。」
 江「イヤ言い訳などは聞くに及ばぬ。其れから何した。」
 添「アア此の目録の中の何の一品でも、若し自分の物となれば、今まで永年の苦労も無くなるのにーーー江南の貧乏も消えるのにと、此の様な心が、夜と無く日と無く私の胸に浮かびました。其れからと云う者は、私は網守子の贋筆を書くこと許り稽古しました。」

 江「贋筆など稽古して何うしようと云うのだ。」
 添「先(ま)ア、お聞き成さい。暇さえ有れば、網守子の書いた字を手本にして、其れを真似して書きましたが、ナニ其の時は、別に贋筆を役に立てようと云う程でも無かったのです。唯羨ましさや憎らしさの余り、網守子の書く様な字で銀行へ宛てた手紙などを書き、自分が宝物でも預けて有るかの様に、云はば子供が児戯(ままごと)に耽(ふけ)る様な者です。

 初めの中はホンの児戯(ままごと)の様に、網守子の真似をし、銀行と取引する真似をし、自分が大金持ちである真似をして、切めてもの心遣りにして居ましたが、段々に贋筆が旨くなるに連れ、此の様に旨い贋筆を、用に立てないのは、宝の持ち腐されと云う者で、余り勿体ないと云う様な気がして来ました。」

 江「それから何うした。」
 添「此の巧みな贋筆で、網守子の預けてある品を銀行から引き出せば決して銀行も気が附かないだろうと、此の様に思いました。斯(こ)う思ったのが誤りの初めでした。其れでも最初は、幾度も思い直し、自分の心の大胆なのに呆れましたが、一方には貴方に逢う度に、金を、金をと云われ、他に金の出来る道は無し、到頭思い切ってーーー。」

 江「思い切って何うした。」
 添「網守子の預けて有る品の、何の一嚢でも、何の一箱でも好いから、銀行から取り出そうと云う気に成りました。其れにしては第何号が好かろうかと、又色々に考えて、或いは十号とも書いて見たり、百号とも書いて見たり幾度も書き直しましたが、何でも網守子の一番不用な品を選ばなければ可(い)けないと思い定めました。

 若しもレースなどを取り出しては、折々網守子が用いる品である為、露見するかも知れない。其れにしては第三号の紅宝石(ルビー)が最も無難であるかも知れないと、終にルビーを取り出して見ようと思い、銀行へ宛て、目録の第三号の品を此の者へ渡して呉れと言って、贋手紙を使いに持たせて遣りましたが、今思うと実に飛んでも無い事を致しました。貴方、貴方、何うしたら好いでしょう。私は貴方の財産を台無しにして了(しま)いました。」
 江「エ、エ、台無しに?」


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