巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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       (百七十九) 新なる難題

 

 贋(にせ)の紅宝石(ルビー)を、谷川弁護士の許から引き取ると云う事は、添子には言うまでも無い事柄らしく思われるけれど、江南に取っては中々容易なら無い事柄である。
 江南は簡単に添子に問うた。
 「和女(そなた)は、贋物を谷川弁護士の許へ置いては、自分の犯罪が露見する様に気遣うのか。」

 添「イイエ、イイエ、私が銀行から本物を取り出した事は、決して露見する恐れは有りません。鰐革の嚢(ふくろ)の中が、贋物であると分かった所で、誰が私の所為と見破ることが出来ましょう。私は万に一つも、自分へ疑いの掛かる様な手落ちを、残しては居ないのです。贋筆だって、誰が見ても網守子の自筆と見える様に出来て居るし、使いに行った人だって、たとえ警察官が探した所で、誰であったか知ることは出来ません。けれどーーー。」

 江「イヤ、其れだけ聞けば宜しい。是から贋の紅宝石を何う処分するかと云う事は、私のやり方で篤(とく)と考えて見なけれ成らない。」
 此の様な分かり切った事柄に、何も篤(とく)と考えるなどと云う余地は無い様に添子は思う。けれど江南に取っては、中々爾(そ)うでは無い。

 今までは、江南は鰐革の嚢の中を、全く百萬円の品物と思い詰めて居た為に、欲に眼が眩(くらん)で居たけれど、今は何の値打ちも無いゴム細工の品と分かったが為に、目が覚めた。今までは欲の為に非常な勇気が有って、何の様な危険を犯しても、彼の品を我物にせねば成らないと決心して居たが、今は其の欲が消えた為に、勇気も消えた。

 総て人間の勇気は、大抵欲から出るのでは無いだろうか。特に不正な事柄を実行する勇気は、欲心から出る様に思われる。少しも欲心の起こらない品物に対して、勇気の出る筈が無い。
 江南は、自分が此の品を手に入れる為に、何れほどの罪と危険を犯したかを知って居る。第一、人の戸籍を切り取ると云うことは、他人の権利や幸福を奪うに於いて、放火犯にも劣らないほどの重い犯罪である。

 自分は贋髯(にせひげ)まで附けて、他日の露見をを完全に防いだ積りであるけれど、今思って見ると、帰る汽車の中で、人も有らうに、路田梨英に認められ、其の姿を写生までせられたと云う弱点も有る。是れも百萬円の財産が手に入るならば、何も危険とは思わないけれど、一文にも成らない事の為に、此の様な危険を、何時までも自分の身へ残して置くのは、愚の骨頂である。

 其れに又、何の様な事で、網守子なり、谷川なり、又は他の人なりが、自分を古江田利八の第二女の孫で無く、第三女の孫であると気が附かないとは限らぬ。其の時に鰐革の嚢を返却しなければ成らない様な事にでも立到れば、何うするか。其れも是れも、総て容易ならない難題である。


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