巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume18

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.1.19

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       (十八) 長持ちの中は何

 声を潜めなくても、他に聞く人は無いけれど、大切な秘密と思うが為、自然と声が低くなるのである。
 下田の妻「祖母(おばあ)さんの居間と、寝台の背後に在る、二個の空き室を検め成さい。彼(あ)の部屋は、祖母さんが、私の外は誰も入れません。私の夫と云えども、入った事は無い。中に何が在るかは、硬く口止めせられて居て、夫にも話した事は有りません。サア是から独りで検め成さい。」

 網「何も気味の悪いことは無いだろうね。」
 下「貴女が此の家の主人では有りませんか。何で気味の悪いことが有りましょう。彼の部屋に入れば、貴女、御自分が何れ程の大金持ちかと云う事が分かります。」
 大金持ちと云う言葉は、網守子の耳にさえ不愉快では無い。

 「私し其の様な大金持ちなの!」
 下「爾(そう)ですとも。けれど、世間へ知れては、其れから其れと伝わって、何の様な悪人の耳に入るかも知れませんから、誰にも言わない様に成さいよ。」
 網守子は心得て、更に鍵の用い方など教えられ、独り其の部屋の中に入った。

 部屋は大きなのが二個(ふたつ)並び、壁に添って戸棚が三十個続いて居る。窓は丁度崖の上に当たり、外から覗うことは出来ない。其の上に、外には鉄の棒を列ね、中には幕を張るなど、堅個に用心が届いて居る。
 先ず第一の戸棚を開いて見ると、古い刀や槍の穂先などは、幾十と数知れないほど並んで居る。

 「オヤオヤ此の様な品の有るのを、金持ちと云うのだろうか。」
とも怪やしんだが、若し愛玩家に見せたならば、必ず古代の珍品として、刀の一個にも、余程の値を付けるであろう。続いて第五の戸棚までは、総て武器の類である。第六から第十五までは、皿、鉢、燭台などの道具類、銅製もある、銀製もある。銀製だけは、網守子の心にも、貴重な品であろうと合点せられた。中でも銀の小箱や匙などは、幾分の嬉しさを催させた。

 第十六第十七には古代のレースが満ちている。是こそは、女王も羨む程の貴重品で、一吋(インチ)幾らの値を付けるべきものである。第十八、第十九は古代の織物、第二十より第二十五までは絵画の類、第二十六より第二十九までは、網守子の目には単に雅楽多としか見えない、瓦、磁器(瀬戸物)、大小の古時計、石像、銅像、経机など、その他種々である。

 是だけの古器物が、博物館では無い一個人の家に集められて居るのは、殆ど稀だ。確かに巨万の富であるけれど、網守子は少し張り合いの無い心持で、最後の第三十の戸を開いた。中には頑丈な長持ちが二個(ふたつ)入っている。蓋を開けると帆木綿(ヅック)の袋が口を縛られて、沢山に詰め込まれて有る。袋の中には、硬い物が一杯に入って居るらしい。

 其の中の一個を取り出すと妙に重い。
 何だろう。


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