simanomusume188
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百八十八) 誕生日の贈り物
警吏が柄に無く驚嘆するのも無理はない。全く梨英の書いた絵は俗人にも驚かれる程の出来であった。二人の捕吏はその前に立って、
甲「全く画とは思われぬ。」
乙「写真だって斯(こ)うは行かぬ。」
彼らはこれより以上に絵を褒める言葉を知らない。
頓(やが)て警吏は室内を検めて、
「アア、逃亡したのでは無い。今に帰って来る。張り込んで居れば捕まるよ。」
と言った。
この日も、翌日も、翌々日も捕吏は此の家に張り込んで居た。けれど梨英は帰らなかった。
その筈である。彼は先日谷川弁護士に云った通り、彼(あ)の紅宝石(ルビー)を受け取るべきか否やを決する為、網守子に逢おうと思って、寒村(サムソン)島へ行ったのである。彼は自分の絵の出来と言い、向かって来た福運と云い、何だか嬉しさに堪えられない気がして、其の上に網守子に逢うのも嬉しく、殆ど夢中の人の様に、ホクホクして旅立ちしたのであった。
* * * * * *
其れは扨(さ)て置き、網守子が寒村島に帰ったのは、様々な事情の為であったが、其の一つは自分の満二十歳の誕生日を、生まれた我家で迎え度いと云うに在った。
足掛け六年目に島へ帰れば、きっと嬉しいだろうと思って居たが、早や都の華美(はで)な生活が身に浸みた為か、思ったほど面白く感じなかった。
翌日から小笛嬢と共に舟に乗り、島の間を漕ぎ廻りなどしたけれど、幼い時に嬉しく感じたことが、爾(そう)まで嬉しいとも思わず、特に梨英と共に漕ぎ廻った時の事を思うと、群島の絶景が消えて了(しま)ったかと疑われる程である。けれど小笛の方は、初めて生活の苦労から免れて、之ほど愉快な事は無いと思った。
其の中に一つ楽しみは、毎日郵便を待ち受けることである。此の島へは嘗て、梨英からの郵便が来た外に、殆ど配達物の届いたことが無い程であるけれど、網守子は自分が此の島へ帰る時に、母島の郵便局へも、本土から母島へ渡る郵便電信局へも、其れぞれ打ち合わせして、特別の船を雇い、速達の便利を開き、其の上に、都から日刊の新聞も来る様にして置いた。
速達の船は朝夕二回来る。其の度に網守子は小笛と共に船着きに降りて行き、手紙や新聞雑誌や新刊書などを受け取った。是だけでも網守子は都会化したのである。
誕生日には種々の人から祝いの手紙や贈り物(プレゼント)が届いた。其の中に従妹藤子の手紙には、最も適当な付き添い人が見つかったから、早く再び都に来いと有った。
谷川弁護士からは、これで丁年に達したから、後見の期限が尽きたと言って、種々の報告も有った。けれど何より網守子が嬉しく感じたのは、捨部竹里の手紙に、路田梨英の事が記されて居る一事であった。
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