巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume188

島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.7.7

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

      (百八十八) 誕生日の贈り物

 警吏が柄に無く驚嘆するのも無理はない。全く梨英の書いた絵は俗人にも驚かれる程の出来であった。二人の捕吏はその前に立って、
 甲「全く画とは思われぬ。」
 乙「写真だって斯(こ)うは行かぬ。」
 彼らはこれより以上に絵を褒める言葉を知らない。

 頓(やが)て警吏は室内を検めて、
 「アア、逃亡したのでは無い。今に帰って来る。張り込んで居れば捕まるよ。」
と言った。
 この日も、翌日も、翌々日も捕吏は此の家に張り込んで居た。けれど梨英は帰らなかった。

 その筈である。彼は先日谷川弁護士に云った通り、彼(あ)の紅宝石(ルビー)を受け取るべきか否やを決する為、網守子に逢おうと思って、寒村(サムソン)島へ行ったのである。彼は自分の絵の出来と言い、向かって来た福運と云い、何だか嬉しさに堪えられない気がして、其の上に網守子に逢うのも嬉しく、殆ど夢中の人の様に、ホクホクして旅立ちしたのであった。
 *      *       *       *       *      *
 
 其れは扨(さ)て置き、網守子が寒村島に帰ったのは、様々な事情の為であったが、其の一つは自分の満二十歳の誕生日を、生まれた我家で迎え度いと云うに在った。
 足掛け六年目に島へ帰れば、きっと嬉しいだろうと思って居たが、早や都の華美(はで)な生活が身に浸みた為か、思ったほど面白く感じなかった。

 翌日から小笛嬢と共に舟に乗り、島の間を漕ぎ廻りなどしたけれど、幼い時に嬉しく感じたことが、爾(そう)まで嬉しいとも思わず、特に梨英と共に漕ぎ廻った時の事を思うと、群島の絶景が消えて了(しま)ったかと疑われる程である。けれど小笛の方は、初めて生活の苦労から免れて、之ほど愉快な事は無いと思った。

 其の中に一つ楽しみは、毎日郵便を待ち受けることである。此の島へは嘗て、梨英からの郵便が来た外に、殆ど配達物の届いたことが無い程であるけれど、網守子は自分が此の島へ帰る時に、母島の郵便局へも、本土から母島へ渡る郵便電信局へも、其れぞれ打ち合わせして、特別の船を雇い、速達の便利を開き、其の上に、都から日刊の新聞も来る様にして置いた。

 速達の船は朝夕二回来る。其の度に網守子は小笛と共に船着きに降りて行き、手紙や新聞雑誌や新刊書などを受け取った。是だけでも網守子は都会化したのである。
 誕生日には種々の人から祝いの手紙や贈り物(プレゼント)が届いた。其の中に従妹藤子の手紙には、最も適当な付き添い人が見つかったから、早く再び都に来いと有った。

 谷川弁護士からは、これで丁年に達したから、後見の期限が尽きたと言って、種々の報告も有った。けれど何より網守子が嬉しく感じたのは、捨部竹里の手紙に、路田梨英の事が記されて居る一事であった。


次(百八十九)へ

a:400 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花