巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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        (百八十九) 梨英が来ました

 捨部竹里の手紙には、梨英が既に「古い家庭」と題する絵を書いて居る事を記し、
 「私は一昨日彼の画室を尋ねましたが、彼の筆の早いのには驚きます。もう一目見て大凡の意味が分かるほど進んで居ます。彼は何事をも説明しませんけれど、其の絵の中心人物は確かに貴女の十五、六歳の時の姿だろうと私は看破しました。彼は出来上がった上で、貴女を驚かせる意(つも)りかも知れませんが、今までの出来で見ると、貴女のみならず、誰でも驚きましょう。余ほどの傑作と成ることは、私が請け合います。」
などと有った。

 網守子は此の手紙を小笛嬢に示すと、
 笛「ですが、何故路田さんは貴女へ手紙を寄越さないのでしょう。」
 網「彼は、何か仕出かした事の有るまで、便りをしないと此の前の手紙に断って有りました。此の絵が思う様に出来上がったならーーーー。」

 笛「アア出来上がったならば必ず茲(ここ)へ尋ねて来ますよ。」
 網「若し尋ねて来れば又上京します。幸い適当な付き添い人も見付かったと、従妹から言って来ましたから。」
 全く網守子は今までも殆ど梨英の事ばかり思い続けて居たが、上の手紙を読んでから、何だか急に逢い度いと云う様な心が募った。

 笛「私も兄阿一から手紙を得ましたが、彼もお陰で大層、前途(さき)の見込みがが開けたと在ります。」
と云って阿一の手紙を示した。其れに由ると彼の戯曲が、先頃の試演以来、追々に人に知られ、既に或る劇場の支配人から一見を求められ、猶其の上に捨部竹里の世話で、多少の内職も出来た様子である。

 やがて網守子は従妹藤子へ返事の手紙を出し、何時上京しても良い様に、其の付き添い人の話を取極めて呉れなどと言い送った。是からは時々、家の背後の小山に登り、都の空を眺めなどした。
 或る朝の事、小笛と共に、又も其の小山の頂上に立ち、ズッと母島から本土の方をまで眺めて居たが、小笛はどちらの方を見ても絶景なので、殆ど飽(あき)ると云うことを知らないけれど、此の朝は寒気がして、

 「私は昨日、舟に乗り過ぎましたか、風邪を引いた様な心持で、今日は家の中に籠って居たいと思います。」
と云って、肩のショールを引き締めた。網守子は此の言葉も耳に入らぬほど母島の方に見入り、

 「御覧なさい、小笛さん、母島から一艘の小舟が来ます。」
 成るほど遥かな彼方に小舟が見える。
 笛「爾(そう)です。」
 網「アノ中に一人、誰だか腰掛けて居るでしょう。」
 小笛「貴女のお目には其の様な事まで分かりますか。」

 勿論幼い頃から海の遠望に慣れた目は、小笛の眼と視力が違う。やがて網守子消魂(けたたまし)く、
 「オオ梨英が来ました。彼は梨英です。梨英です。」


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