simanomusume19
島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(十九) 実に大身代
網守子は、怪しみながら帆木綿(ズック)の袋を取り出し、家の中央に在る卓子(テーブル)の上に載せて、其の縛られた口を解いたが、是には驚かざるを得なかった。
袋に詰め込まれてあるのは、昔の金貨である。網守子は、何だか恐ろしい様に唯眺めているばかりだったが、暫くして、
「オオ金貨!」
と云い、一枚を取り出して、熟々(つくづく)見た。
「先ア!本当の金貨だよ。」
全く本当の金貨である。初めて網守子は、成るほど自分が大金持ちになったと云う様に感じ、胸に動悸の波が打ち始めた。
「何うしよう?私何うしよう?」
と宛(あたか)も途方に呉れる様に呟いたが、漸(ようや)くにして、
「アア数えて見よう。」
と云う様な気になった。
一枚一枚に取り出して、テーブルの上に置いた。成るべく音のしない様にと、ソッと取扱うけれど、黄金の音は他のものと比較にならない。何と無く胸の隙(す)くような響きがある。若し網守子が普通の知識を持って居るならば、此の金貨が、ジョージ一世王の時代から、同じく二世王、同じく三世王の時代を経て、千八百十六年までに鋳造せられたのが、種々に雑(ま)じって居ることを知り、従って自分の先祖が、長期戦と云われる、大陸との戦争の時に、最も多く儲けた事などを、察する事が出来たで有ろう。
勿論、其の様な事までは知ら無い。けれど此の金貨が、ギニーであることは知っている。ギニーは、昔の十円金貨で、今の金貨よりは幾分か相場が高い。但し中には、其の後に鋳られた十円金貨も幾枚か混じて居る。
数え終わると五百枚ある。又次の袋を検めた。是も同じく五百枚、後は五百枚宛(づつ)総ての袋に入って居る。袋は多分祖母さんが作り替えた者であろう。孰(いず)れも大して古くは無い。
袋、又袋と取り出し、長持ちの中が空になった。袋の数は四十である。網守子は暗算して見た。一袋に五千円、四十袋で・・・二十万円(約2億500万円)、成るほど大金持ちである。是ほどとは思わなかった。
更に次の長持ちを開いた。是にも同じ様に同じ袋が、同じ金貨を孕んで居る。是も二十万円ある筈である。合わせて四十万円(現在の4億1千万円)、実に大身代(大財産)である。
此の第二の長持ちには、袋の一番上に、古い鰐革の嚢が載って居た。アア是である。祖母さんが、古江田利八に返せと云ったのはーーー。袋には、首に掛ける様に紐が付いて居る。成るほど、祖母さんの話の通り、海から打ち上げられた旅人が、後生大事に、自分の首に掛け、海に溺れる際までも、抱き〆た物であろう。
「私は是を、祖母さんの言葉通りに、古江田利八と云う人に返さなければならない。」
と呟(つぶや)いたが、其の人が何処に居るかは、勿論知る由も無い。
注1;大正2年の1円の価値・・・現在の1027円
注2; 40万×1、027円=410、000,000円
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