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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百九十五) 必ず悪計が
網守子の家には種々珍しい古画が伝わって居る。中にも十八世紀の仏国及び西班(スペイン)の大家の画は、孰(いず)れの美術館にも無いだろうと思われる様なのが幾枚も有った。
梨英は此の様な事で一日又一日と逗留した。網守子は此の様な古画を飾る為に、追っては都に画堂を作るなどと思いを語り、殆ど両人の間に喜びが尽きなかった。
勿論両人は様々の事を話合った。其の中に又も話が鰐革の嚢に移り、梨英は蛭田江南が一旦其れを受け取ることに成って、自分から辞退した次第を語った。網守子は聞くが否や顔色を変えて、
「其れは余り不思議です。只事では有りません。」
と叫んだ。
梨「爾(そう)です。第一私は、彼が私と従弟兄弟(いとこどうし)であることを知らずにーーー。」
網「私も其の様な事は、今聞くのが初めてです。けれど私は彼の事を良く知って居ます。貴方よりも良くーーー、例令(たとえ)ば彼の絵が、其の実は悉く貴方の絵なのであることなどもーーー。」
梨英も此の言葉には驚いて、
「何して貴女が其の様な事をーーー。実は私も折を得て貴女に打ち明ける積りで居ましたが。」
網「イエ私は其れより以上の事までも知っています。何にしても彼が、一旦自分に伝わると定まった者を辞退するとは、決して彼の気質に無い事です。」
梨「爾です。私も初めて谷川弁護士から其の事を聞いた時に、怪しく思って、直ぐ云いました。幾等でも金銭的の値打ちの有る品ならば、江南が辞退する筈は無いと。」
網「イイエ、紅宝石(ルビー)に大層な値打ちの在ることは専門家の綿密な鑑定で決まって居ますが、其れを彼が辞するとは、必ず深い悪計(たくらみ)が有りますよ。貴方は直ぐ都へ帰り、早く紅宝石をお売りなさい。もう谷川弁護士が売る手続きを運んで有りましょうから。」
梨「真逆(まさか)に、悪計を廻らす余地などは、有りませんけれど。」
網「イイエ、何か悪計が無ければ、決して彼は辞退しません。実は私は心配です。直ぐに都へお帰り成さい。」
梨英は其れほどとも思わないけれど、
「ハイ直ぐに帰って、安全な処分をとりましょう。」
網「オオ私も一緒に上京しましょう。何れほど恐ろしい事を仕出かすかも知れません。江南、江南、彼は本当の悪人ですよ。」
梨「イヤ幾等悪人でも、ナニ貴方が一緒に上京するには及びませんよ。私一人で沢山です。貴女は私の画室も出来、万事結婚の準備が調(ととの)った時に、私からの沙汰を待って上京なさい。」
そうすることに定めたけれど、網守子は、何うしても江南の辞退したことには、何か禍いが籠もって居ることと信じ、未だ心配で仕方がなかった。勿論網守子が知って居るのと同じだけの、江南の悪事を知れば、斯(こ)う思うのが当然であろう。
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