巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume201

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.7.20

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (二百一) 網守子再び活動す

 網守子が谷川」の事務所に入ったとき、谷川は不在であった。網守子は小笛と共に其の帰りを待った。待って居る間に網守子の目に留まったのは、彼の小さい額である。網守子は立って近づいて篤(とく)と眺め、
 「小笛さん、先日梨英が話したのは此の画でしょう。」

 小笛も立って、
 「成るほど此の姿は彼奴(きゃつ)ですねえ。」
 小笛と網守子との間に「彼奴(きゃつ)」と云えば。もう蛭田江南の事と定まって居る。
 網「爾(そう)です。彼奴が、贋髯(にせひげ)を附けて、汽車の中へ走り込む所を、写生したと云ったでしょう。」

 笛「爾うです。実に巧い画(え)ですねえ。」
 網「今度梨英が何の様な事で捕らわれたか、谷川さんが帰って来なければ、分かりませんけれど、汽車の中でも、幾度も貴女に云った通り、何でも梨英の身に禍いが起こるならば、必ず彼奴の仕業ですよ。」

 小笛も江南を知り、江南を憎むことは網守子に劣らない。自分の詩を盗み、自分の兄の、命よりも大事な戯曲をまで、盗もうとした敵(かたき)である。
 「爾(そう)です。私も爾う思います。何の様な事柄か分かりませんけれど、吾々の身に禍いが来るならば、何でも彼奴が其の原因であると思って、間違いは有りません。」
と如何にも憎気である。

 此の様な所へ谷川が帰って来た。彼は驚いて、
 「ヤア、貴女が御上京成さっても、仕方が有りません。尽くせるだけの手は私が尽くしますから、貴女は矢張り島に留まる方が宜(よ)かった。」
 網「梨英が捕らえられたと聞き、何して島に居られましょう。谷川さん、梨英は私の夫ですよ。許嫁の約束を結びましたよ。」

 谷川は賛成の出来ない様な面持ちで、
 「其の事は梨英が捨部竹里に話したとかで、私は捨部から聞きました。貴女は実に突飛な事を成さるので。」
 網守子は半ば狂気の様にも見える。

 「私はもう満二十歳の誕生を過ぎました。貴方のお説教を聞きませんよ。其れよりも、早く梨英の事を聞かせて下さい。彼が捕縛されたと云うのは、電報の間違いでは無いでしょうね。」
 谷「お気の毒ながら事実です。」
 網「何の為だか知りませんけれど、谷川さん、梨英の身に災難が起こるのは、総て彼奴の為ですよ。彼奴の仕業に相違無いのですよ。」
と言って、額の姿を指さした。実に大変な権幕である。

 谷川は叱る様な、矯(たしな)める様な語調で、
 「貴女は何と仰る。貴女の心理状態は私には分かりません。」
 網「貴方は此奴が何れほどの悪人であるかを知らず、此奴が今まで梨英を何の様な目に遭わせたかをも、お知り成さらないから私の云う事が分からないのです。此奴です。此奴です。」

 全く網守子としては、こう思うのも無理は無い。
 「ですが谷川さん。一応、事の次第を聞かせて下さい。聞けば必ず此奴の仕業と分かります。」
 谷「先ア、静かにお聞き成さい。」


次(二百二)へ

a:103 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花