巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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      (二百三) 谷川が思ひ出した

 熱心に網守子が額の姿を指さすけれど、谷川は軽く聞き流して居る。
 「成るほど此の絵は、梨英が筆捨駅で写生したと云いますけれど、法律上の証拠には成りません。」
 網「立派な証拠では有りませんか。此の通り蛭田江南が贋髯を付け、筆捨市へ行ったとすれば、彼が戸籍の原簿を切り取ったに決まって居ます。」

 谷川は単に、
 「其れでは証拠と云うことは出来ません。」
 其れは無論である。何の様な事情が伴って居ようとも、粗末な走り書きの此の下絵に、人を罪に落としたり、人の罪を救ったりする程の、効力の有る筈は無い。其れに此の絵は、現在疑いを受けて居る、梨英自身が書いた者である。裁判所へ持ち出しても、裁判官は振り向いても見ないであろう。

 其れでも網守子は承知しない。
 「貴方はワルシー市の書記が、贋髯(にせひげ)の姿を見たと仰(おっしゃ)ったでは有りませんか。其の書記を呼んで来て、此の姿を見せて下さい。必(きっ)と此の人に相違ないと云いますよ。」
 谷「中々貴女は良くお気がお付き成さる。其の点は敬服ですけれど、たとえ其の書記が、此の人だと云った所で、本来此の絵に、証拠とすべき条件が、備わって居ないから無益です。其れに江南自らが、私はワルシー市へも、筆捨市へも、行ったことが無いと云えば、其れ迄です。

 網「イイエ、江南はワルシー市へも筆捨市へも行きました。行かなければ、梨英に写生せられる筈が無いのです。若し彼が行かないなどと云えば、私は幾人の探偵を雇ってでも、調査させます。彼ほどの名高い男が、二日も三日も旅行して、誰にも認められなかった筈は有りませんから、誰か途中で彼を見受けた人が、有るだろうと思います。

 私は此の調査の為に、自分の財産が無くなって構いません。倫敦(ロンドン)から筆捨市までの、停車場と云う停車場へ、此の絵も彼の写真も持って行き、赤帽にも問い、切符売り場でも問い、運搬夫にも尋ねます。」
 実に網守子の熱心は驚く可(べ)きである。けれど無理はない。

 谷川は聞き流して居たけれど、フと思い出した様に笑い、
 「イヤ実に不思議な事が有りますよ。爾(そ)う云えば、私が蛭田江南を見ましたよ。爾う爾う、彼がワルシー市へ行く切符を買って居る所を、私が彼の背後から覗き、彼の背(せな)を叩きました。ハテなあれは幾日であっただろう。もう二月三月も前だーーー。」
と云いながら又考え、

 「イヤ偶然ながら実に不思議だ。日取は全く合って居る。丁度ワルシー市の書記が見たと云う前日でした。」
 網守子は嬉しそうに谷川の手を握り、
 「それ御覧成さい、天が悪人を懲(こ)らすのですよ。谷川さん。江南を裁判所へ引き出して下さい。早く、早く、こう云う中にも、梨英が苦しんで居るでは有りませんか。」


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