巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume203

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.7.22

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (二百三) 谷川が思ひ出した

 熱心に網守子が額の姿を指さすけれど、谷川は軽く聞き流して居る。
 「成るほど此の絵は、梨英が筆捨駅で写生したと云いますけれど、法律上の証拠には成りません。」
 網「立派な証拠では有りませんか。此の通り蛭田江南が贋髯を付け、筆捨市へ行ったとすれば、彼が戸籍の原簿を切り取ったに決まって居ます。」

 谷川は単に、
 「其れでは証拠と云うことは出来ません。」
 其れは無論である。何の様な事情が伴って居ようとも、粗末な走り書きの此の下絵に、人を罪に落としたり、人の罪を救ったりする程の、効力の有る筈は無い。其れに此の絵は、現在疑いを受けて居る、梨英自身が書いた者である。裁判所へ持ち出しても、裁判官は振り向いても見ないであろう。

 其れでも網守子は承知しない。
 「貴方はワルシー市の書記が、贋髯(にせひげ)の姿を見たと仰(おっしゃ)ったでは有りませんか。其の書記を呼んで来て、此の姿を見せて下さい。必(きっ)と此の人に相違ないと云いますよ。」
 谷「中々貴女は良くお気がお付き成さる。其の点は敬服ですけれど、たとえ其の書記が、此の人だと云った所で、本来此の絵に、証拠とすべき条件が、備わって居ないから無益です。其れに江南自らが、私はワルシー市へも、筆捨市へも、行ったことが無いと云えば、其れ迄です。

 網「イイエ、江南はワルシー市へも筆捨市へも行きました。行かなければ、梨英に写生せられる筈が無いのです。若し彼が行かないなどと云えば、私は幾人の探偵を雇ってでも、調査させます。彼ほどの名高い男が、二日も三日も旅行して、誰にも認められなかった筈は有りませんから、誰か途中で彼を見受けた人が、有るだろうと思います。

 私は此の調査の為に、自分の財産が無くなって構いません。倫敦(ロンドン)から筆捨市までの、停車場と云う停車場へ、此の絵も彼の写真も持って行き、赤帽にも問い、切符売り場でも問い、運搬夫にも尋ねます。」
 実に網守子の熱心は驚く可(べ)きである。けれど無理はない。

 谷川は聞き流して居たけれど、フと思い出した様に笑い、
 「イヤ実に不思議な事が有りますよ。爾(そ)う云えば、私が蛭田江南を見ましたよ。爾う爾う、彼がワルシー市へ行く切符を買って居る所を、私が彼の背後から覗き、彼の背(せな)を叩きました。ハテなあれは幾日であっただろう。もう二月三月も前だーーー。」
と云いながら又考え、

 「イヤ偶然ながら実に不思議だ。日取は全く合って居る。丁度ワルシー市の書記が見たと云う前日でした。」
 網守子は嬉しそうに谷川の手を握り、
 「それ御覧成さい、天が悪人を懲(こ)らすのですよ。谷川さん。江南を裁判所へ引き出して下さい。早く、早く、こう云う中にも、梨英が苦しんで居るでは有りませんか。」


次(二百四)へ

a:89 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花