巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume215

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.8.3

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (二百十五) まだ中々美しい
 

 網守子の居る間は、豪(えら)く落ち着いた様に見えて居た江南は、網守子が去って後は、全く別人の様である。唯だアタフタと慌てて居る。其れも無理は無い。網守子の言うことが殆ど悉(ことごと)く事実であって、今にも自分の身が捕らえられる様に感じる。

 唯紅宝石(ルビー)が、贋物(にせもの)であると言うことだけが、網守子に知られて居ないけれど、其れも何時までも分からずに居る筈は無い。
 彼は今までも、内々は、此の様な事に成りはしないかと、心配しない訳では無かった。

 けれど自分のした一切の悪事が、悉く一人の手に握られようとは思わなかった。そればかりか、色々と自分の方にも、言い抜ける道が有ると信じて居た。若し相手が網守子でさえ無かったなら、何とか誤魔化すことも出来る。

 唯網守子ばかりは、頭から自分を犯罪人とのみ思い詰めて居て、理屈が合おうが合うまいが、少しも信念が動かないのである。其の上に、誰も知らない此の身の悪事を、残らず知り尽くして居る。実に面倒な事には成った。

 彼は夜逃げの外は無いと、咄嗟の間に決心したのも止むを得ない。
 けれど添子の方は、先ほど彼が網守子と争って居る時から、彼の到底逃れられないことを見て取り、色々に考えて居た丈に、多少の思案が附いたと見え、

 「貴方一人夜逃げをして、私の身は何うなります。」
 江「女と言う者は、何うでも身の振り方の附く者だ。芝居道へ帰るなり、今の生活を続けるなり、何うとも勝手にーーー。」
 添「今の生活が何うして続けられます。貴方の名でして居る仕事がーー、犯罪の為夜逃げしたと分かって、誰が私を信じます。私だって直ぐに其の筋の嫌疑を受けーーー。」

 江「では芝居道へ帰るのさ。」
 添「今更、今更」
 江「でも和女(そなた)の顔は、猶(ま)だ中々美しいから。」
 添「止して下さい。今は貴方の口先に誤魔化されて居る場合では有りません。」

 こう成っては夜逃げと言っても中々難しい。添子は更に、
 「夜逃げにも旅費が要ります。」
 江「旅費には、先日の四萬円が未だ幾らか有る筈だ。」
 添「何時まで有ります者か。借金ばかりの貴方の会計を整理して、たとえ幾等か残って居ても、私の名前で銀行に在るのです。貴方の自由には成りません。」

 江南は真実に怒りを示した、
 「其れは甚(ひど)い言い分だ。あの金は私の金だ。私の権利だ。和女(そなた)が持って来たとは言え、紅宝石を売った金では無いか。私は第三女の子孫でも、古江田利八の血統を引いて居る。百萬円の宝に対し、少なくも幾萬円は割り前を受ける権利がある。和女の身には盗んだ金でも、私の身には正直に自分の金だ。」

 実に理屈の附け様も有ったものである。


次(二百十六)へ

a:102 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花