巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume22

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.1.23

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

            (二十二) 是より都の巻

 網守子は島を出た。
 勿論、容易な事では無かったけれど、一念こうと思い込んだら、思い留まる様な気質では無い。
 先ず隣島に、永く住む宣教師に縋(すが)り、其の人の同情で、信用深いロンドンの弁護士に宛てた紹介状を得、其れを持って都に出た。
              
  * * * * * * * * * * * *  * 
 
 今迄は島の巻であった。是よりは都の巻である。
 ロンドンに寒村家(さむらけ)の遠い親類がある。是は幾代前に寒村家の次男が、海軍の士官と成って都に移り、勲功の為に男爵を授けられ、其の子孫が同じく寒村の姓を名乗って、名誉をも財産をも積み、中流の社交界に、少なからぬ勢力を占めて居る。今しも家の主婦人と、当年二十五歳になる娘藤子とが、密々(ひそひそ)相談しつつある。

 藤「網守子とは珍しい名前ねえ。家の先祖が出た島でも、貧乏人ばかり住んで居る所と聞きますのに。」
 母御「でも谷川弁護士ほどの人が、立派な財産と云うからは、満更でも有りますまい。」

 藤「内輪だけの晩餐へ招くのは好いけれど、其の後で、多くの来客の中へ出すのは何(どう)でしょう。何も知らない島の娘では。」
 母「そうねえ。私も心配には思うけれど、谷川弁護士の頼みゆえ。」
 云う折しも、谷川弁護士と云うのが案内せられた。年は六〇歳ほどで有ろう。一見して尊敬すべき風采の、而も気の軽そうな人である。一通りの挨拶を終えて、

 「ハイ当人は、程なく丁年に達しますが、其れまでは私が後見同様に、財産其の他一切の監理を、引き受けて居ますので、もう婚期も近く、成るべく交際の道を開いて遣らなければと思いまして。」
 藤「島の娘でも、一通りの教育は。」
 谷「イヤ感心な令嬢ですよ。最近五年間、第一流の教師に就き。」

 母御「何処でです。」
 谷「伊太利(イタリー)、維也納(ウエーン)、巴里(パリ)などで」
 地名だけでも保証の様に聞こえる。
 藤「其の様に広く?」
 谷「ハイ、孰(いず)れの地に於いても、尋常の学校とは違い、特別の保護者の許に、特別の師に就いて、殆ど昼夜を分かたぬほど勉強し、総て最優等の成績を得て居ます。」

 母御は嬉しそうに、
 「そう聞けば安心しました。」
 藤「私もその様な従妹ならば、人に誇りますわ。」
 谷「最近では、巴里の某貴婦人の私邸に客分と為り、一か月前に此のロンドンへ来ましたけれど、宿屋住居ではいけませんので、家を借りたり、侍女や侶伴(リョハン)を雇うなど、漸く落ち着きましたので、今夜初めて社会へ紹介せられるのです。」

 家と云い、侍女と云い、其の上に侶伴までも雇うとは、大抵の令嬢には出来ない贅沢である。母と娘が、驚きも喜びもする所へ、
 「寒村網守(さむらあもり)嬢」と云う名が、取り次がれた。


次(二十三)へ

a:128 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花