巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume224

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.8.12

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (二百二十四) 愈々紅宝石売り払ひ

 
 夫江南だけ、逃亡の為め旅行し、妻添子が後に残って、家財を取り纏(まと)めながら暫く様子を見て居ると言うのは、此の上も無い横着(《図々しい》な相談では有るけれど、彼等両人(ふたり)に取っては、止むを得ない次第であろう。

 其れは扨(さ)て置き、網守子は此の翌朝、毎(いつ)もより、遅くまで眠った。全く体も心も疲れ果てた為である。
 十時頃に起き出ると、机の上に新聞紙が広がり、其の中の一項に赤い鉛筆で記(しる)しが附いて居る。是は多分小笛が網守子に見せる爲め、此の様にして置いたと思われる。

 網守子は取り上げて見るが否や、顔を赤くして驚いた。其の記事は筆捨市とワルシー市との登記所で戸籍の原簿を切り取った者が有って、其の疑いが路田梨英と言う、名も無い画工に落ち、既に捕らわれて調べられて居るとの簡単な報道である。是を見て網守子は自分の名誉が、大なる打撃を受けた様に感じ、殆ど新聞紙を引き裂き度いほどに思った。

 そこで、暫く思案した末、何事か思い付いた様に小笛を呼び、
 「貴女は直ぐに、兄さんの所へ行き、兄さんを何処へか至急に引っ越す様に仕て下さい。其れが出来次第に、私は今までの住居へ帰ります。」
 小笛は別に驚く色も無い。
 単に、
 「心得ました。」
と答えた。

 実を言うと、先日来小笛の兄阿一からの手紙で、彼も追々芝居道の人に知られ、自分の作った戯曲が、何うやら興業せられる運びにも至りそうな見込みが附いた上に、多少の内職も出来た爲、其の様な事に便利な土地へ、引っ越し度いとの希望が有り、既に網守子と小笛との間に、幾度も其の引っ越しの相談をしたのであった。

 小笛が心得て去った後に、網守子は簡易な朝餐を済ませ、又も谷川弁護士の許へ尋ねて行ったのは、早や午後の一時過ぎで有る。谷川は昨日別れた時とは打って代わるほど機嫌良く迎えて、

 「好い所へ来て下さった。先刻意外にも梨英の保釈が許される沙汰を得ました。」
 扨(さ)ては昨夜送った二枚の原紙が、早や効能を現したと見て取り、
 「では何うすれば好いのでしょう。」
 谷「イヤ既に私が事務員を迎えに出しましたから。手続きの済み次第に、同道してここへ帰って参りますよ。」

 網守子は非常に真面目に、
 「谷川さん、梨英が帰って来れば、直ぐに私は彼と結婚します。」
 谷川は又呆れて、
 「エ、直ぐに」

 網「爾(そう)です。彼を犯罪人と疑う様な記事が、新聞紙に出て居ますから、直ちに結婚を披露して、彼が許嫁の妻から、深く信じられて居ることを、世間へ示さなければ成りません。」
 谷川が返事する言葉さえ思い出さないうち、又も新しい来客が取り次がれた。其の名刺を見ると、紅宝石(ルビー)買取の宝石商である。


次(二百二十五)へ

a:73 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花