simanomusume228
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
since 2016.8.15
下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください
(二百二十八) 大変な詐欺に
鰐革の嚢(ふくろ)は愈々(いよいよ)両商人の前へ置かれた。甲商人は自分の作った鑑定書を乙商人の前に広げ、
「是だけの品が悉(ことごとく)く錫蘭(セイロン)島の産だから驚くでは有りませんか。」
乙「本場錫蘭(セイロン)の品が、今時是れだけ一ケ所に揃って有ろうとは、思いも寄らない所でした。本場の品は紅の色が、特別に良くて、全く火の燃えて居る様に見えます。」
甲「取別け此の品は、前世期紀の末から後世紀の初め頃に出た第一号紅ですから、前後に比(たぐ)が無いのです。」
乙「今では大抵の品が第三号紅で、第二号紅でさえ稀で有るのに、第一号紅が此の様に沢山現れては、殆ど相場を狂わせますよ。」
両商人は鑑定書に由って、色々に品評しつつ、頓(やが)て乙商人が、
「では拝見致します。」
と云い、鰐革の嚢を開いた。
彼は手に当たった一個を取り出し、一目見て怪訝(けげん)な顔と為り、直ぐに残らずを、鑑定書の上に播広(とりひろ)げた。
彼の顔は忽ち曇り、
「是は―ーーー、是はーーーー。」
と云ったのみで、後の言葉が出ない。最初鑑定した甲商人も同時に顔色が土の様に変じた。
彼等は無言である。暫しがほど無言で喘ぎながら、頓(やが)て顔と顔を見合わせた。
谷川は怪しんで、
「何したのです。貴方がたは。」
甲商人は漸く声を調(ととの)えて、
「大変ですよ。是れは私の鑑定したのと、全く品が違って居ます。」
谷川「其の様な筈は有りません。」
甲「でも違って居ます。貴方は大変な詐欺に、お掛かり成すったと思われますが。」
乙商人も断固として、
「爾(そう)です。此の間違いの底には、必ず甚(ひど)い詐欺が横たわって居るでしょう。」
谷川は未だ良くは合点が行かない。
「詐欺などと、何処にも詐欺の入って来る隙間が有りません。貴方に鑑定を請うた後で、直ぐに銀行へ預け、その後私が、自分で直接に銀行から出して来て、此の金庫へ入れたまま、今まで納(しま)って有ったのです。尤も其の間に一度、人に見せたことが有りますけれど、其れは五分か十分の間で、少しも私の目を離さず、而も其の人は、手にさえ触れません。詰まり申せば、私より外に手を触れた人が無く、私の肌身を離れなかったのと同じ事です。」
谷川の心には毛ほどの疑いも無い。
甲「イヤ何で有ろうと、全く品物が違って居るから、致し方がありません。」
谷「何う違って居ます。」
甲「何う違って居ると言って、全くお話に成りません。」
乙商人は腹立たしそうに、
「他の専門家を呼んでお見せ成さるが宜しいでしょう。我々はもう何にも申さずに、手を引く外は有りません。何にしても大変な詐欺事件だ。前代未聞の恐ろしい大詐偽だ。」
と云って、早や立ち掛けた。
其の様子が全く只事とは思われない。
a:353 t:1 y:1