巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume231

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.8.19

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

         (二百三十一) 償わねば成らぬ

 何としても約束を守る外は無い。約束では無く誓いである。誓いを破ることは出来ない。何うしても添子並びに江南の罪に対し、此の身は沈黙して居なければ成らない。
 網守子は斯(こ)う思い定めると共に、添子の憎さが心頭に込み上げた。

 良くも、良くも、此の身を斯うまで苦しい境遇に推(おと)した者である。とは云え今更仕方が無い。憎い憎いと思いつつも、其の憎い敵を保護しなければ成らない。
 けれど網守子よりも更に辛いのは、谷川弁護士であろう。彼は焼けるゴムの臭気が、鼻を衝(つ)いても、まだ充分には屈服しない。

 「イヤ皆が皆な贋物と言うことは有るまい。其の中に幾個かは本物が有ろう。」
 彼は全く取のぼせて、此の様な事を云うのである。彼は自分の管理品が、人に盗まれていようとは、思う事が出来ない。
 甲商人は答えた。
 「イイエ、一個残らず皆贋物です。紅宝石(ルビー)で無くゴム製です。」

 彼は網守子が、
 「アア分かった。此の様な値打ちの無い品だから、其れで江南が辞退したのです。」
と口走った言葉をも聞いた。其の意味も分からない事は無い。けれど篤(とく)と味わって見る余裕が無い。
 彼の心は只自分の失策と言う一念に満ちて居る。

 実に谷川の失策である。誰が何の様にして、本物と贋物とを取り替えたにしても、自分の落ち度であることは同じ事である。自分は今が今まで、贋物などと思いも寄らず、何人と対しても、堅く請け合うほどの心で居て、ゴムの臭気がしてすらも、まだ承知しなかったのである。何と言う間抜けであろう。

 其れにしても何時本物が盗まれたので有ろうか。イヤ盗んだ後へ、贋の品を詰め替えて有る所を見れば、通例の盗みでは無い。全くの詐欺である。

 けれど、自分の金庫へ引き取って後に、此の様な詐欺が行われようとは思われない。爾(そう)すれば、自分の金庫へ引き取って居ない前、即ち銀行の庫中に於いて摺り替えられたのであろう。とは云へ、自分の金庫と銀行の金庫と、何方が確実であろうか。

 銀行の金庫が、弁護士の金庫よりも不確かと云う筈は断じて無い。爾(そう)すれば、自分の金庫で盗まれる筈の無い訳ならば、銀行の金庫に於いても又、詐欺に罹(かか)る筈の無い訳である。
 けれど此の様な疑いはどちらにしても、実物の既に無くなった今に於いては、全く無意味である。

 銀行で盗まれても、我が金庫で盗まれても、其れと気の附いた事が今日只今である以上は、自分の責任は免れない。銀行に在る中にとしても、網守子に対しては、自分が間接に保管の責任を帯びて居た。

 サア自分は償わなければ成らない。
 七十五万円(現在の約7.5億円)を償わなければならない。


次(二百三十二)へ

a:68 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花