巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百三十三) 梨英が帰って来た

 贋物にせよ、本物と同じ値段に売れさえすれば、問題は無い。持ち主たる路田梨英も損をせず、保証人たる谷川も弁償の義務を免れるであろう。
 全く網守子は、自分が七十五万円(現在の約7.5億円)出して、此の贋物を買い取る外は無いと感じた。之と云うのも、添子と結んだ無言の約束の為である。

 あの時には、真逆(まさ)かに無言の約束が、この様な、重大な結果を持ち来るだろうとは、思わなかった。一言に言えば、添子に欺(だまさ)れたのである。添子の方が自分よりも悧巧であった。智慧が有った。狡猾であった。

 自分の方が、あの約束の底に、これほどまで深い仔細が有る事と、思い至ることが出来なかったのが、愚かであった。今と為っては悔やんでも仕方が無い。一旦結んだ無言の誓いは、破る訳には行かない。自分は取返しの附かないまでに擠陥(はめ)られたのである。

 買い取ると云う此の申し出に、谷川は喜ぶかと思いの外、断固として云った。
 「貴女は贋物を七十五万円に買い取るなどと、其の様な事をしては成りません。」
 網「何故です。私の金で私が買うのです。私さえ損をすれば、構わないでは有りませんか。」

 谷「可(いけ)ません。貴女は、既に路田梨英と許嫁に成って居ると、仰ったでは有りませんか。第一、結婚前に自分の財産が、七十五万円も減って了えば、何の様な縁談でも破れます。一旦は、貴女から財産が減った事に就いては、結婚を辞退すると云い出さなければ成らない訳です。詰まる所貴女は、結婚前に自分の財産を減らしては成らないのです。

 其れに貴女と梨英とは、もう財産が一つで有るのと同様です。貴女が七十五万円に買い取ったからと云って、其れで梨英の損失が埋まったと云う訳では無いのです。
 成るほど理の当然で有るらしい。

 網「では何うすれば好いのです。」
 谷「何が何でも、私が弁償しなければ成りません。と云って嬢様、私の財産は、是を弁償するには足りませんので、身代限り《破産》をする一方ですが。」
 網「イエイエ、貴方に身代限りなどと、其れは決して私がさせません。」

 谷「ハイ身代限りをしたからと云って、私の責任はは尽きません故、足りない分だけは、少しの間猶予を願います。其の間に私は何としても、貴女と梨英との損失の埋まる様に致しますから、オオこう云う中にも時刻が移る。私は一刻も早く、活動しなければ成りません。」

 この様に云って、谷川は部屋の外へ走り出た。其の様は宛も狂人かと思われるほど慌てて居る。網守子は引き留めようとしたけれど、間に合わなかった。或いは今に再び入り来るかと思ったけれど、入り来る様子も無い。扨(さ)ては銀行へでも馳せ行ったのかと思う所へ、保釈された道田梨英が、出迎えの事務員に連れられて帰って来た。


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