巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume234

島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.8.22

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

       (二百三十四) 私も貧民同様に

 保釈せられて帰って来た路田梨英は、別に窶(やつ)れた風も見えない。網守子はそうと見るやいなや
 「オオ梨英」
と云って縋(すが)り附いた。梨英は網守子が茲(ここ)に居るのに驚き、
 「オオ、貴女は何時上京しました。」
 網「ハイ貴方が捕らわれたと聞き、直ちに大急ぎで上って来ました。」

 両人(ふたり)は、ここが弁護士の事務所であることをも忘れた様に語らったが、頓(やが)て網守子から、彼の紅宝石(ルビー)が贋物(にせもの)であることを聞くに及び、流石に梨英は失望の色を隠し得ず、

 「そうですか。あれが贋物?」
 網「ハイ、何者かに何時の間にか摺(す)り替えられたのです。尤(もっと)も谷川さんは、自分の過失ゆえ、是非とも弁償すると云い、今しがた、急(いそがは)しく何処へか出て行きましたが。」

 梨「イエ、弁償には及びません。畢竟(ひっきょう)、私に運が無いのでしょう。漸く我が物に成ったと思えば、自分が牢に入れられ、漸く牢を出て見れば、其の品が贋物と為って居るとはーーー。」

 網「是れと云うのも、総て私の思い違いより出た事です。祖母(おばあ)さんが、貴方を古江田利八の再来だと云い、貴方へ本物を返すと云いましたのに、私が其の言葉の通り、直ぐに紅宝石(ルビー)を貴方へ渡せば好かったのに。貴方の外に利八の真の子孫が有る者と思い、引き渡す事を怠った為め、此の様な事に成ったのです。是れを思えば、私が弁償しなければ成らないと思い、谷川さんへ爾(そう)云いましたけれど。」

 梨英は、少し改まった語調で、
 「貴女から弁償せられて、私が其れを受けるとお思いですか。」
 網「受ける受けぬは兎も角も、弁償しなければ私が済まないと思いました。」

 梨「私は牢の中では、色々に想像し、あの紅宝石が売れれば、其の金を以て彼(あ)あもする斯(こ)うもすると、種々の空想を画きましたけれど、今は全く断念(あきら)めました。イイエ、私は、思わぬ財産が転がり込むなどと言う、其の様な運の在る生まれ附きでは無いのです。何事でも、少し当てにすると直ぐに外れるのが私の天分です。」

 余り爾(そう)でも無いらしい。現に網守子の様な、得難い令嬢が、自分の妻として転がり込もうとして居るでは無いか。
 「ですから、もう紅宝石の事は、私と貴女との間では一切云わない事に致しましょう。」
 網守子は是に同意した。

 「爾です。もう紅宝石の事は一切言わない様にし、至急に結婚しましょうよ。」
 茲(ここ)で婚礼の事を聞くのは、余りに出し抜けで、余りに意外である。
 梨英はハッと思い、

 「オヤまた紅宝石の事を言わなければ成りません。あれが無く成った以上は、私は殆ど貴女と結婚する資格が無い。」
 網「何故ですか。」
 梨「貧民同様の身分ですもの。」
 網「では私も一切の財産を捨て、貴方と同じ貧民同様の身分に成りましょう。」

 実に網守子は突飛である。


次(二百三十五)へ

a:390 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花