巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百三十六) 早や蜜月の旅に

 谷川の事務所を出た網守子と梨英とは、種々(いろいろ)相談の上で、直ぐに結婚すると云う網守子の言い分が、勝ちを占めたのである。
 何と云う呑気な人達であろう。今日保釈を許された許りであると云うことも忘れ、 結婚には教会堂へ行くのが普通であるけれど、其れでは即座の間に合わない。其れよりも早いのは登記所へ行って夫婦と登記して貰う一事である。是れならば、わずかの登記料を納めさえすれば、今と云って今行うことが出来、夫婦と云う効力は同じ事である。

 何事も簡単を貴(たっと)ぶ今の世には、此の様な結婚が幾度もある。両人(ふたり)は此の方を選んだ。
 爾(そう)して此の結婚をば、直ぐに新聞紙へ広告することに運んで置いて、両人は其の日の中に、大陸を指して蜜月の旅に上った。

 此の様な事に、梨英の方は少なからぬ支障が有ったけれど、網守子の方が聴かなかったのみならず、梨英も結婚前こそ、様々に苦情を唱えたけれど、愈々結婚が済んで旅に上ってからは、一切の苦情を捨て、全く新婚旅行と云う気に成った。

 大陸へ着くや否や、両人は直ぐに谷川や捨部竹里や橋本兄妹などへ手紙を書き、詫びもすれば用事をも頼んだ。実に咄嗟の結婚、咄嗟の旅行であった。未だ行く先も良くは決まらず、旅行日数も予定無く、何事も総て気任せである。

 其れは扨(さて)置き、谷川弁護士は、銀行から急いで我が事務所へ帰り、網守子の姿が見えないのを怪しみ、事務員に尋ねて初めて、先刻保釈を許されて帰った路田梨英と共に、外出したと云うことが分かった。
 何にしても至急に逢い度く思うので、諸所へ電話を掛けなどしたけれど、両人の行方はどうにも分かない。夜に入っても音沙汰が無いので、益々怪しく思ったが、翌朝に及び新聞紙の広告が目に入った。

 是を見て谷川は、先ごろ添子と江南との結婚広告を見た時ほど驚いて、
 「何だ。保釈を許された人が、其の日直ちに結婚するとは、不謹慎よりも、寧ろ突飛だ。何時、裁判所から呼ばれるかも知れないのに。」
と云ったが、更に幾時の後、網守子の手紙を得、両人が蜜月の旅に上ったことを知るに及び、驚きは一層強くなった。

 けれど、幸いにして、裁判所からは、路田梨英を全く放免する旨の伝えがあった。
 此の様な間にも、谷川は、七十五万円弁償しなければ成らないとの心に責められ、他の事は殆ど夢の心地で、只管(ひたすら)あれこれと苦悩しながら、解決策を考えて居たが、果ては余りに考え過ごして、殆んど何事も分からなくなった様に、茫(ぼん)やりした。


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