巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百三十八) 保津老人とは誰

 谷川と添子との問答は、谷川の方は何にも得る所が無く、却って添子の方に幾分の獲物を得られたらしい。
 谷「貴女は網守子が、何時か銀行から、其の紅宝石(ルビー)を取り出した様な事情を、知りませんか。」

 此の一問に添子は色々な事を見て取った。第一紅宝石が贋物と分かったに違い無い。其れなのに、網守子が自分との沈黙の約束を守り、未だ口外しないと見える。此の機に乗じて、更に益々自分の都合を好くする様に、

 「紅宝石であるか何であるか、私には分かりません。けれど、嬢様は、時々銀行から、色々の包みだの嚢(ふくろ)だのを取り出したり、又預けたり成されましたよ。」
 谷「其の中に、古い鰐革の嚢を、見受けませんでしたか。」

 添「イエ、私は其の様な事に掛けては、お恥ずかしいほど茫乎(ぼんやり)で有りましてーーー世間の人様は良く透き見をしたり、或いは立聞きまでして、雇い主の行いに、注意しますけれど、私は其の様な事をする暇があれば、寧ろ眠って居ると言う質(たち)です。嬢様の取り出したのが何の様な品であるか、振り向いて見たことも有りません。」

 是だけ嘘が云えれば、先ず一人前、イヤ何十人前と云うものであろう。
 添「其れでも嬢様が、故々(わざわざ)見せて下さる事も有りました。或時などは、是を銀行から持って来たのだと言って、古代の笹縁(レース)を見せて下されましたが、其れは其れは美術館にも類の無い様なのでしたよ。」

 谷「銀行へは網守子が自分で。」
 添「爾(そう)です。大抵はは御自分でしたが、其れでも使いを遣ることも、折々は有ったと思われます。」
 谷「貴女自らが使いに成ったことは。」

 添子は何だかピクリとして、
 「私しは使いに行った事は一度も有りません。」
 谷「使いには大抵手紙を持たせて。」
 添「爾(そう)の様でした。」
 更に多少の問答は有ったけれど、谷川の方は、是れと云う要領を得ずに終(しま)った。

 更に谷川は、スコットランドヤードとして知られる警察へも行き、老練な警吏に会って、其の意見を求めた。又裁判所へも行き、裁判官に会って、事情を陳じもした。無論彼は自分の財産の有るだけは弁償する積りで有るけれど、若しや、本物の紅宝石が、孰れの方面へ売られたか、幾分の見当でも附かないかと思うのである。

 けれど宝石類ほど、盗まれて回復し難い品は無い。第一確かに此の品だとの見分けも証明も附き難い。其れに宝石を盗む奴は、広く国々に網を張り、欧羅巴(ヨーロッパ)で盗んだのは、米国で売り、英国の品は阿蘭陀(オランダ)で売ると言う様に、直ぐに無難な土地へ送って了(しま)う。

 谷川は夜に入って事務所へ帰ったが、更に考え込む所へ、面会を請う人が有った。取り次がれた其の名は、
 「保津(ほづ)老人」

 

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