巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百四十二) 谷川先生ですか

 谷川は弁護士だけに、世の中に何れほどの悪人が有るかと云うことを知って居る。特に詐欺などには、想像も及ばないほど、妙を得た人間の有ることをも知って居る。けれど自分が其の被害の中心と為ったことは初めてである。又自分の懇意な人の中から、詐欺師の出たことも初めてである。

 其れだけに、却って灯台もと暗しの譬えの通り、気の付くことが遅かった。自分の様な、数十年の経験を積んだ法律家が、詐欺のドン底に落とし入れられ様と、何して思う事が出来よう。とりわけ自分が、多年弟子の様に世話をして、引き立てて来た江南が、此の様な詐欺師で有ろうとは、何して気が付くことが出来よう。

 若しこれが他人の事件で有ったならば、此れほどまで深くは、欺かれず、今までに、もっと早く見破ることが出来たであろう。唯自分を信じることの篤(あつ)いだけ、更に自分の周囲を信ずることの篤いだけに、自分から自分の眼を眩まして居た様な者である。

 けれど今は分かった。保津老人の言い立てで、何も彼も悉(ことごと)く分かって、殆ど寸分の疑惑をも残さないほどに分かった。
 是で見ると、戸籍切り取りの本人も、無論江南である。其れのみで無く、ズッと最初に、江南が添子を初鳥未亡人と称して、自分へ紹介し、網守子の家へ住み込ませたのも、既に詐欺の目的で有った。

 更に其の前に、江南が添子との結婚を秘して居た一事さえも、親類の遺言に妨げられたのでは無く、己から編み出した詐欺で有った。
 谷川は深く保津老人に謝した。此の時は既に夜も更けて居たので、詳しく老人の今の住所を聞いた上で、老人を帰し、其の後で自分は警察や検事局などへ、其れ其れ電話を掛け、夜中ながらに、江南を夫妻を捕縛する手筈を運んだ。

 彼は捕縛する前に、一応江南と添子とに逢って、紅宝石(ルビー)の行く方などに就いて、直接に聞き度い事が有る。尤も紅宝石の行方は、今更捜索する道が無いとしても、一言江南を責めずには居られない。余りに深く陥(おとしい)れ過ぎた。是れが黙って居られようか。

 日頃温厚な気質で有るけれど、是ばかりは責めなければ成らないと、殆ど心の中に修羅《激しい闘争》を燃やして、直ちに江南の家を指して馬車を急(いそ)がせた。
 頓(やが)て江南の家の前に着くと、早や警察から派遣せられた数名の捕吏が、街燈の下に徘徊して居る様が見えた。是ならば最早や取逃がす恐れは無いと、自分で江南の家の戸に手を掛けると横合いから捕吏の長が突々(つかつか)と寄って来て、谷川の顔を覗き、

 「アア谷川先生ですか。」


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