巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百四十八) 実は果てがあった

 唐崎夫人の手紙は殆ど、果てしが無いのかと疑われた。
其のお陰で、網守子は都に於ける様々の事情が分かった。
けれど実は果てが有った。終わりの方には、下の様に記してあった。

 「本年の季節に於いて、最も名高くなる一人は、路田梨英で有ろうとは、誰もが予期する所でありますが、唯梨英の写真が手に入らないので、誰も物足りなく思って居る様です。若し一枚をお送り下されば、私はどれ程多くの人から感謝されるでしょう。早速にお帰り成さることが出来なければ、何うか写真をお送り下さい。」

 此の外に、捨部竹里より来た手紙も有った。其れも網守子に、帰京したいとの心を起こさせた。其れよりも更に網守子の気を嗾(そそ)ったのは、小笛からの手紙に、兄阿一の戯曲が、愈々(いよいよ)有名な劇場にて、興行せらるることに成ったと記して有った一事である。

 けれど、梨英の方は、何だか気の進まない所が有る様に見えた。勿論彼が、今の境遇は只嬉しい事のみであるけれど、実を云うと七十五万円の紅宝石(ルビー)の紛失が、彼の心には、少なくない打撃であった。

 彼は自分の身に、運の備わらぬ為と思い、潔く断念めはしたけれど、彼の気質として、無一物の自分が、網守子の様な大資産ある妻に、何から何まで助けられて居ると思うことが、男子の面目で無い様に感ずる。

 とは云え、彼には如何なる資産にも優るほどの天才が有る。其の天才が今は埋もれた境遇を出て、愈々世に輝くべき時が来たから、何もクヨクヨ思うには及ばないのに、其れでも彼は、彼の紅宝石の紛失の為に、少なからず自分の予定が狂い、心の中に計画してあった様々の事が、悉く水の泡に帰したのを残念に思い、此のまま英国へ帰るのが、果たして自分の名誉で有ろうかとも疑った。

 此の様な心で、彼は、或いは旅行する先々で、絵を書いて幾分たりとも自分の位置を作ろうかとも思い、巴里へまで引き返した時、小さい略画を、芸術雑誌に投じた。所が驚く可(べ)し、忽ち其の翌日から、巴里の新聞記者が続々と彼の宿に詰め掛け、写真を請うも有れば、談話を請うも有り、

 「時代を作る英国の新進画家」
とか、或いは、
 「目下英国の展覧会に、一世を驚かしつつある名画『古家庭』」の作者」などと題して、孰れの紙上にも彼の名が謳(うた)われ、従って交際を求める人も多い。

 彼は其の煩わしさに堪(た)えられず、詮方なく英国へ逃げ帰る気になった。


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