巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume248

島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.9. 5

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

      (二百四十八) 実は果てがあった

 唐崎夫人の手紙は殆ど、果てしが無いのかと疑われた。
其のお陰で、網守子は都に於ける様々の事情が分かった。
けれど実は果てが有った。終わりの方には、下の様に記してあった。

 「本年の季節に於いて、最も名高くなる一人は、路田梨英で有ろうとは、誰もが予期する所でありますが、唯梨英の写真が手に入らないので、誰も物足りなく思って居る様です。若し一枚をお送り下されば、私はどれ程多くの人から感謝されるでしょう。早速にお帰り成さることが出来なければ、何うか写真をお送り下さい。」

 此の外に、捨部竹里より来た手紙も有った。其れも網守子に、帰京したいとの心を起こさせた。其れよりも更に網守子の気を嗾(そそ)ったのは、小笛からの手紙に、兄阿一の戯曲が、愈々(いよいよ)有名な劇場にて、興行せらるることに成ったと記して有った一事である。

 けれど、梨英の方は、何だか気の進まない所が有る様に見えた。勿論彼が、今の境遇は只嬉しい事のみであるけれど、実を云うと七十五万円の紅宝石(ルビー)の紛失が、彼の心には、少なくない打撃であった。

 彼は自分の身に、運の備わらぬ為と思い、潔く断念めはしたけれど、彼の気質として、無一物の自分が、網守子の様な大資産ある妻に、何から何まで助けられて居ると思うことが、男子の面目で無い様に感ずる。

 とは云え、彼には如何なる資産にも優るほどの天才が有る。其の天才が今は埋もれた境遇を出て、愈々世に輝くべき時が来たから、何もクヨクヨ思うには及ばないのに、其れでも彼は、彼の紅宝石の紛失の為に、少なからず自分の予定が狂い、心の中に計画してあった様々の事が、悉く水の泡に帰したのを残念に思い、此のまま英国へ帰るのが、果たして自分の名誉で有ろうかとも疑った。

 此の様な心で、彼は、或いは旅行する先々で、絵を書いて幾分たりとも自分の位置を作ろうかとも思い、巴里へまで引き返した時、小さい略画を、芸術雑誌に投じた。所が驚く可(べ)し、忽ち其の翌日から、巴里の新聞記者が続々と彼の宿に詰め掛け、写真を請うも有れば、談話を請うも有り、

 「時代を作る英国の新進画家」
とか、或いは、
 「目下英国の展覧会に、一世を驚かしつつある名画『古家庭』」の作者」などと題して、孰れの紙上にも彼の名が謳(うた)われ、従って交際を求める人も多い。

 彼は其の煩わしさに堪(た)えられず、詮方なく英国へ逃げ帰る気になった。

次(二百四十九)へ

a:354 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花