巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (二十七) 成功者の画室

 路田梨英が、親友の竹里にさえも忘れられ、居所も分からないとは、何という不思議であろうと、網守子は且つ怪しみ、且つ失望した。けれど仕方が無い。
 「問い合わせた上で知らせよう。」
と云う、竹里の頼り無い返事を頼りにして、此の夜は分かれた。

 話は変わって、ここはセント・ジョオンスウッドと云う蛭田江南の画室である。広い明るい美しい構造で、隅から隅まで成功と云うことが現れて居る。成功の人で無ければ此の様な立派な部屋に住むことは出来ない。
 一方の壁には、自分の子供の時の肖像画が二枚高く懸かり、其の下には当時の流行を追い、東洋の古代の武器が飾られ、中には印度の大斧(おおまさかり)などもある。是だけでも余程の値打ちであろう。

 江南自ら此の部屋を、画室とも言い、書斎とも云う。全く双方を兼ねたので、北の窓の下には画台が有り、描き上げた画面が白布を被せられ、其の傍にある小さいテーブルには、画筆や絵具などが休んで居る。又一方には、広いテーブルが有り、其の背後に新旧の書籍に満ちた高い書架が並んで居る。

 今のロンドンに、彼ほど売り出した芸術家は少ない。彼は折々大傑作の絵画を産み出す上に、自ら持ち主、兼主筆と為って、「新芸術」と云う週間雑誌を発行し、一々自分の名を署して、評論と詩と小話とを掲げている。取り分けて其の詩と其の小話には他人に真似の出来ない天才の光が見える。其の上に、盛んに社交界へ出入りする。彼の作品を愛する人は、彼を「三重の天才」と称し、彼の活動に驚く人は彼を、
 「当世第一の才子」
と云う。

 彼は全く其の綽名(あだな)の通りである。
 彼は先刻から、著作家と云うよりも、寧ろ写字生と云う態度で、忙わしく何かの原稿を清書して居たが、写し終わって、更に朱筆を以て、消したり書き入れたりし、
 「斯(こう)して置けば、誰が見ても己(おれ)の原稿だ。」
と云い、抽斗(ひきだし)の中に納めた。

 次に彼は立ち上がって、北の窓の方に行き、彼の画台から白布を取除けた。中から現れた画面は、彼の得意の題材として知られる、海の景色で、岩に砕ける浪の空には、海鳥が群がり飛び、此方の一隻の小舟に十五、六歳と見える少女が、櫂を操って居る。彼は自ら感心に堪(た)えない様に、

 「実に傑作だ。波の散る様、鳥の飛ぶ姿、何うして此の様に書けるだろう。」
と呟(つぶや)いたのは、自分で自分の手腕を怪しむのであろうか。
 この様な所へ、取り次ぎの老人が、抜き足の様に静かに入り来り、低い声で、
 「路田梨英が参りました。」
と告げた。

 間も無く此の部屋へ、しょんぼりとした様子で通された一人は、是が果たして五年前の路田梨英であるならば、実に変わり果てた姿である。


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