巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume31

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.2.1

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

       (三十一) 江南詩集

 「まだ何か言いたい事がありますか。」
と江南は促した。小笛は言い難そうに躊躇しながら、
 「雑誌の広告に、今迄の詩を集めて一冊の本に成さったと有りますが。」
 江南「そうです。『新芸術』に出たのを集めて出版しました。貴女はその本が欲しいのですね。一冊上げましょう。」
と云い、美しい小冊子を取り出して与えた。表紙には「江南詩集」と題してある。

 小笛は直(ただち)に開いて一通り目を通したが、初めから終わりまで自分の詩の外は何も無い。小笛の顔はパッと紅くなり、
 「あの是は・・・・、私の詩ばかりですが。」
 江南「私が取捨して私が代価を払い、私の名を署して、私の雑誌に載せた上は、私の詩であると、最初から秘密の契約では有りませんか。」

 小「そうですけれど、此の様に本に成ってまで、貴方の詩と云うのは、私世間を欺く様な気がしまして、自分で心が咎めます。」
 江南「正直に契約を守るのは、正直な人の道です。何も心を咎めることは有りません。」
 笛「でも私しは・・・・、何うも此の次に詩集をお出しの時には、柳本小笛の名を出して下さる訳には・・・・。」

 江南「アア、貴女は別に原稿料が欲しいのですね。」
 笛「そうでは有りません。唯だ名前を出して頂き度いのです。」
 「名前が出し度いなら、益々勉強して、傑作をお出しなさい。私が見て、是は当人の名誉になると思う様な傑作ならば、雑誌へも詩集へも、必ず貴女の名を出して上げます。」

 小笛は此の言葉を、自分への親切と思い、有難く感じて引き取った。
 次に第三の犠牲が入って来た。是は前の二人と全く違う、五十格好の肥(ふと)った立派な貴婦人で、財産も名誉も信用も低く無く、孰(いず)れの社交場へも行き、世話役の様に立ち廻り、孰れの人とも懇意にする、親切な多弁な唐崎夫人と云う方である。夫人は言葉を先に立てて入って来て、

 「昨日は詩集を送って下さって有難う。貴方は何うして彼の様な優しい詩が作れますか。若い女の感情が、到底男には分から無いだろうと思われるのに、それが微妙に現れて。尤(もっと)も其所が天才の値打ちですねえ。全く貴方は、底の知れ無いほど多芸ですよ。」

 江南「唐崎夫人、近々私は戯曲を作り、世の批評に問う積りです。」
 此の夫人に此の様に話して置けば、数日の中に上流社会へ大抵知れ渡る筈である。
 唐「エ、戯曲をまでも。アア、貴方ならば、戯曲も必ず見事なのが出来ましょう。けれど蛭田さん、私しの寄稿する小話(しょうわ)だけは、曖(おくび}にも人へ、私が作っていると知らせて下さるなよ。彼(あ}れは、一々上流社会の実話で、私の手帳から出すのです。場所や人物は変えて有りますけれど。」

 江南「ハイ、其の秘密が漏れては成ら無いと思い、私自ら自分の名を署してますから、大丈夫です。」

次(三十二)へ

a:488 t:1 y:1

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花