巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (三十六) 芸術上の御懇意を

 添「必(きっ)と?」
 「必(きっ)とに決まって居るじゃないか。此の様な、夫婦が心を揃えて掛からなければ成ら無い大事な場合に、何で嘘など言う者か。」
 添「でも貴方の言葉は、時々変わりますもの。」

 江南「大事な場合に、私は嘘など言った事は無い。考えてもご覧よ、今より五年前に、世間から大層な金満家と思われて居た、貴女の父が突然破産して、一家が恥の底に沈んだ時、私が薄情な男なら、直ぐに和女(そなた)との婚約を解く所だったのに、私は深く和女を愛すればこそ、此の通り引き続いて・・・・。」
 是だけは事実である。当時江南は、到底添子を捨てることが出来ないほど、深く溺れて居たのである。

 添「でも婚約を秘密にして、私を女優にして、給金は皆貴方が使ったのに。」
 江南「其の代わり、約束通り正式に結婚したでは無いか。」
 添「結婚しても矢張り秘密で、私には今以て身分と言うものが有りませんわ。」
 江南「其れだから、今度こそ披露して、蛭田江南の妻と言う、立派な身分を定めて遣るのさ。」
 添「必(きっ)とそうして下さいよ。」

 二人の話が漸(ようや)く尽きようとする所へ、網守子が初めて雇い入れた、女詩人柳本小笛嬢を連れて帰って来て、一緒に自分の部屋へ入り、
 「では今夜、貴女の兄さんを連れてお出で成さいよ。私が音楽を聞かせますから。」
 柳「兄は本当に音楽が好きですよ。必(きっ)と連れて参ります。」

 小笛を帰した後に、網守子は添子の部屋に入って来た。
 添子と江南の間には、何の様に話が結ばれたのか、添子は成るべく江南と網守子の間に、親しさが深く結ばれる様に勉めた。
 江南の談話は、網守子の好む芸術の話では有るけれど、矢張り教科書其のままの事柄で、天才とは思われない重苦しい所があって、網守子を楽(なじ)ませるよりも、圧迫する様に感じられた。

 彼が好い加減に切り上げて帰った後、
 網「若しや私の留守に、捨部竹里と言う人が、来なかったでしょうか。」
 添「貴女は竹里の事ばかりお聞きですが、彼(あ)の方には妻が有りますよ。」
 網「私は古い友人の居所を知らせて呉れる様に、あの人へ頼んで有るのです。」
 添「口先だけで、当てに成る人では有りませんよ。」

 暫(しばら)くして添子は話の方向を変え、
 「貴女は何と言う仕合せな方でしょう。蛭田江南が、先刻から貴女の事ばかり言って居ましたよ。世間の貴婦人に聞かせれば、何れほどか貴女を羨(うらや)みましょう。蛭田さんの様な名高い天才に、あの様に思われて、ナニ其れも恋などとは違います。貴女の音楽に感心して、芸術上のお近づきを願い度いと言うのです。」

 早や作戦の実行に着手して居る。網守子はそうとも知らず、
 「アノ蛭田と言う方が、其の様な天才でしょうか。」



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