巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (三十九) 失敗者の画室

 蛭田江南の画室が、立派であったのに引き代えて、路田梨英の画室の見すぼらしいことは、全く成功と失敗との反映を現わして居る。梨英自ら自分の画室を、「鼠の巣の様な」と云った。全く鼠の巣でもあろう。屋根裏の小さい部屋である。光線も一方から差し込むだけだ。

 世には平気で失敗に甘んずる人も有る。其の様な人は、上を見れば限りは無いなどと言い、人を羨みもしなければ、自分の身を恥じともしない。幸か不幸か、路田梨英は其の様な気質では無い。彼は極めて志の高い気質で、五年前に学校を出て、是から画家として売り出すべき出発点に立った頃は、世間の誰よりも第一着に決勝点に入る積りで有った。

 少しばかりは資本もあって、倶楽部にも入れば、旅行もする。只管(ひたすら)前途の大発展を夢見て、色々と其の準備に勉めたが、さて愈々(いよいよ)画家の生活に入って見ると、如何とも仕方の無いのは、自分へ画の注文をする人が無い一事である。

 画さえ良く出来れば、買い人(かいて)は、即座にも有るだろうと思ったのが、そうでは無い。画より先に名前が売れなければ、人が画の良否(よしあし)を顧みて呉れない。其の中に貯蓄も尽きた。借金に命を繋(つな)ぐ事となり、倶楽部も辞する、交際も止める、衣食住ともに安い方へ、安い方へと移つり、殆ど自分で其れと気の付か無い間に、世間へ出る道が全く塞がって了(しま)った。

 其れでも翌年の王国美術院(ローヤルアカデミー)の展覧会へは、傑作を出して世間を驚かせる積りで、魂を込めて一枚の画を作り上げた。其れが漸く出来上がった頃、病気と為り、宿屋さえも自分を置いて呉れない始末とは為った。其の時に一人の慈善家が現れた。其れは曾(かつ)て倶楽部で、二度逢ったことのある蛭田江南であった。

 何の様な条件でなどとは、言っては居られない。唯病気の直るまで、宿屋の払いさえ続けばとの思いで、江南に其の絵を渡した。何も彼も総て、江南の言うがままに従った。其の時は、実に江南を親切な人であると有難く思った。

 数か月の病気が漸く癒えた頃、王国美術院の内覧会が有った。其の時に江南は、梨英の画を自分の名で出した。蛭田江南は忽ち新進の大天才として新聞にも雑誌にも謳(うた)われ、或いはターナー以後の第一人と云われ、或いは極めて独創的な、時代の作者であると褒められた。此の評判を聞くと同時に、梨英は自分の前途が全く塞がって了ったことを知った。

 其の後は自分の画が、自分の名では売れないけれども、江南の名を付ければ直ぐに売れる。残念では有るけれど、借金に追われる身は、何の様な事でもしなければ成らない。


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