巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (四十四) 貧苦と闘へる青年

 青年ーーー、青年の意気ほど清い者は無い。強い者は無い。男でも女でも、青年は人生の花である。食わずとも、眠らずとも、何の様な艱難にも耐えて、身を立て名を上げずには止まないと言う決心で、郷里を捨て、情実を捨て、年々都へ出て来る青年が、何ほどの数に及ぶで有ろう。

 是も其の中の一人である、イヤ二人である。兄と妹、兄は二十六、妹は二十四、共に幼い頃から、都に出ることのみを語り続けて居た。二人の心の底には、天才の細語(ささやき)が殆ど本能の様に強かった。二人は都に出れば、直ちに名を上げるられるものと思い込んだ。

 其のうち南阿(なんあ)の戦争が有った。兄は唯だ都に出られる嬉しさだけの為に、志願兵の募りに応じ、戦場に送られて、間も無く片足を無くして故郷へ送り帰された。其の代わり、一年二百円(現在の約20万円)の終身年金がある。是さえ有れば、都に出て芸術の大家に成れる者と、其の心を妹に語ると、妹は片足無くした兄を、独りで都には遣られないと言い、共々に都に出て、永年の間夢にまで見て居た、芸術生活を始めた。

 是が柳本兄妹である。妹は既に記した柳本小笛嬢と言う女詩人、兄は南阿戦争で、自分の親しく遭遇もし、見聞もした事柄を骨子として、戯曲を書いて居る。未だ名は知られていないけれど、柳本阿一と言うのである。

 一年、二百円の終身年金は、田舎の人には少なく無い額の様に思われるけれど、兄妹二人が都の下宿生活を送るのに、何うして足りよう。二人は路田梨英の画室に劣ら無いーー其の見寰(みすぼ)らしさに於いて劣ら無いーー天井裏の部屋を借り、寝室の方は兄の部屋とし、居間の方は妹の居間として居る。
 二人共に深く考えに耽(ふけ)る仕事である為、多くは間仕切りの戸を閉め切りである。

 妹は毎日、詩を作る時間の外は、新聞紙の「希望広告」を見ては職業を求めて歩くが、二年の間、何の職業をも得ることが出来なかった。此の頃漸く願っても無い、詩の家庭教師と言う嬉しい職業に有り就いた。

 今までは「新芸術」と言う雑誌が、秘密の約束を以て自分の詩を載せて呉れる為、一週間に詩一篇、其の報酬が最初は五十銭から一円までであったが、今は何うかすると、一篇に五円を与えられることも有る。其れでも二人の暮らしには足りない。けれど二人は、挫けもせずに奮闘して居る。

 兄の方は一つの戯曲を作るのに、二年の間掛かり切りである。幾度書き直したかも分からない。妹の方は暇さえ有れば、世に言う苦吟に身を窶(やつ)して居る。この様な部屋へ、或る日立派な一紳士が尋ねて来た。


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