巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume47

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (四十七) 驚く可き親切

 有難いであろうか、有難く無いであろうか、江南の申し出は、何だか深い親切の様にも聞こえる。けれど、失望した柳本阿一の心の痛みは、此の言葉では癒えない。彼はまだ返事をしない。江南は益々雄弁である。

 「私が全部を書き直して、舞台に上せて、若し世間の物笑いとなれば、其れは私が笑われるので、貴方には責任は無い。其れとも多少の喝采を博し、私へ名誉が帰する場合には、其の時は私が実は此の戯曲(ドラマ)は、柳本阿一と言う廃兵の処女作である事を書いて、世間へ発表するのです。

 如何なる魚も掛かり相な香ばしい餌であるけれども、阿一は返事をしない。彼は、この様な興行の後の名誉を得たいことよりは、自分が二年も掛かって一心を凝らした作が、全部書き直さなければならないほどの、拙作であるのが悔しい。此の悔しさは、彼の今までの自信を根本から微塵にする様な者で、如何なる言葉を以ても、慰める道はない。

 江南は更に続けた。
 「自分の書いたのが、先輩に改作されるのは何よりの修行です。其れが舞台の上に出れば、其の時貴方は、成るほどと合点が行き、実際の秘訣が分かって、初めて天才が、実地的な進歩を見るのです。取り分けて戯曲の作者は、最初の評判が肝心です。最初の試みに不評判を招いては、其の後、如何に傑作を出しても、誰も顧みては呉れないのです。ですからそう成さい。最初の一回は先輩に書き直して貰って、先輩の名で当否を実験する、是が全く万全の道ですよ。其の上に即金で百円です。」

 阿一は初めて答えた。
 「篤(とく)と考えた上で、追ってお返事いたしましょう。」
と言った切り、他の言葉を発しない。江南は是だけ言って置けば、必ず次第に餌が効(き)いて来ると見て取った様に、更に色々と同情の言葉を残して退いた。そうして次の部屋で、結果如何にと心配して控えて居た小笛に向かい、事の大要を繰り返して、特に即金百円と言うことを、印刷物ならば二号活字で言い、分かれを告げて去った。

 是より数日の後であるが、次号の「新芸術」には主筆欄の末へ、下の様な予告めいた文章が出た。
 「余は夙に(つと)に劇を好むこと甚だしと雖(いえど)も、近頃の劇壇に、出色の戯曲が無いのを遺憾に思い、度々自ら戯曲を創作したが、聊(いささ)か思う事があって、曾(かつ)て之を公にしなかった。単に友人間の鑑賞に供していたが、今や友人等の勧告、殆ど辞するに言葉が無いほど痛切であるので、近日、若し本紙に余白が有れば之を発表し、更に進んでは実際の舞台にも上そうと思っている云々。」

 小笛は此の予告を見て、異様に感じた。


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