巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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      (五十) 入り来る梨英の姿

 今夜若し、他の人が此の部屋へ入って来たならば、網守子は必ず邪魔に思い、添子を追い出した様に追い出すで有ろう。けれど柳本小笛が入って来たのは、邪魔だとは思わない。何故か網守子は妙に小笛が気に入った。是は互いの心に、何処か似通った所が有る為であろう。小笛も又網守子の傍には、何時まで居ても飽きない。

 二人が初めて逢ったのは、ツイ数日前の事で有るけれど、二人は既に身の上なども語り合い、殆ど幼い頃からの友達の様に思い合って居る。
 小笛は、昼間来る所で有ったけれど、蛭田江南の訪問に妨げられ、其の後で兄の失望を慰めなどする為に、来ることが出来なかった。彼女は其の言い訳の様に、

 「今日伺う筈の時間に、思わぬ事柄が有りましたので、夜分に参りましたが、お差支えは無いでしょうか。」
 網「思わぬ事柄とは、何か不幸な事では無くって?貴女の顔色を見ると、何だか其の様な気がしますわ。」
 笛「ハイ、不幸な事柄です。お話して貴女のお考えを借り度いと思いますけれど、今夜は、貴女も何かお差支えが有りはしませんか。ご様子を見て其の様に思いますが。」

 網「貴女の不幸と聞けば、私、何事を置いても御相談を受けますわ。けれど今夜に限る事なの?」
 笛「イイエ、今夜に限りません、何時でも貴女の聞いて下さる時に。」
 「では明日にして下さい。今夜は来る筈の人が有って、待って居る所ですから。」
 笛「ああそうでしたか。では私帰りましょう。」

 網「イイエ、居て下さる方が好いの。未婚の男子と差し向かいに逢っては、世間の人が何の様に噂するかも知れないと、初鳥夫人が心配しますから。」
 笛「待って居らっしゃるのは、未婚の男子ですか。」
 網「そうです。私の大事な人です。嬉しい人です。」
 笛「先ア、其の様な方がお有りなさるの。」
 網「先日も話したでは有りませんか。」

 笛「ああ、貴女の尋ねていらっしゃるお方?居所が分かりましたか。」
 網「分かりまして、昼間尋ねて行って逢いましたがね。小笛さん、其の人が来ても貴女、驚いてはいけませんよ。見る影も無く零落(おちぶ)れた、乞食の様な姿ですから。」
と言う声は少し曇っている。小笛も同情を湛(たた)えた声で、

 「其の様な豪(えら)い方が、其の様にお零落(ちぶれ)なさって、何、私自らが、兄と共に、この上も無く零落れて居ますから、お気の毒には思っても、少しも驚きなどは致しません。」
 言う折りしも、
 「路田梨英」の名が取り次がれた。網守子の顔は、少し赤みが差したかと小笛は思った。網守子は、
 「直ぐに通してお呉れ。」
と言って自ら立って戸口まで出迎えた。

 間も無く入って来た路田梨英は、真に乞食の様である。
 先刻網守子に逢った時のまま、髪の毛さえも手入れして居ない。


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