巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume50

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.2.20

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

            (五十) 入り来る梨英の姿

 今夜若し、他の人が此の部屋へ入って来たならば、網守子は必ず邪魔に思い、添子を追い出した様に追い出すで有ろう。けれど柳本小笛が入って来たのは、邪魔だとは思わない。何故か網守子は妙に小笛が気に入った。是は互いの心に、何処か似通った所が有る為であろう。小笛も又網守子の傍には、何時まで居ても飽きない。

 二人が初めて逢ったのは、ツイ数日前の事で有るけれど、二人は既に身の上なども語り合い、殆ど幼い頃からの友達の様に思い合って居る。
 小笛は、昼間来る所で有ったけれど、蛭田江南の訪問に妨げられ、其の後で兄の失望を慰めなどする為に、来ることが出来なかった。彼女は其の言い訳の様に、

 「今日伺う筈の時間に、思わぬ事柄が有りましたので、夜分に参りましたが、お差支えは無いでしょうか。」
 網「思わぬ事柄とは、何か不幸な事では無くって?貴女の顔色を見ると、何だか其の様な気がしますわ。」
 笛「ハイ、不幸な事柄です。お話して貴女のお考えを借り度いと思いますけれど、今夜は、貴女も何かお差支えが有りはしませんか。ご様子を見て其の様に思いますが。」

 網「貴女の不幸と聞けば、私、何事を置いても御相談を受けますわ。けれど今夜に限る事なの?」
 笛「イイエ、今夜に限りません、何時でも貴女の聞いて下さる時に。」
 「では明日にして下さい。今夜は来る筈の人が有って、待って居る所ですから。」
 笛「ああそうでしたか。では私帰りましょう。」

 網「イイエ、居て下さる方が好いの。未婚の男子と差し向かいに逢っては、世間の人が何の様に噂するかも知れないと、初鳥夫人が心配しますから。」
 笛「待って居らっしゃるのは、未婚の男子ですか。」
 網「そうです。私の大事な人です。嬉しい人です。」
 笛「先ア、其の様な方がお有りなさるの。」
 網「先日も話したでは有りませんか。」

 笛「ああ、貴女の尋ねていらっしゃるお方?居所が分かりましたか。」
 網「分かりまして、昼間尋ねて行って逢いましたがね。小笛さん、其の人が来ても貴女、驚いてはいけませんよ。見る影も無く零落(おちぶ)れた、乞食の様な姿ですから。」
と言う声は少し曇っている。小笛も同情を湛(たた)えた声で、

 「其の様な豪(えら)い方が、其の様にお零落(ちぶれ)なさって、何、私自らが、兄と共に、この上も無く零落れて居ますから、お気の毒には思っても、少しも驚きなどは致しません。」
 言う折りしも、
 「路田梨英」の名が取り次がれた。網守子の顔は、少し赤みが差したかと小笛は思った。網守子は、
 「直ぐに通してお呉れ。」
と言って自ら立って戸口まで出迎えた。

 間も無く入って来た路田梨英は、真に乞食の様である。
 先刻網守子に逢った時のまま、髪の毛さえも手入れして居ない。


次(五十一)へ

a:144 t:1 y:0
  

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花