巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume71

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (七十一) 妙な義務

 阿一の朗吟する、小笛嬢の詩の句を聴くと、網守子は、確かに聞き覚えの有る詩だと思った。今まで網守子は、小笛嬢の即席に作った詩を幾首か見た。けれど旧作を見たことは無い。此の旧作が、自分の耳に、聞き覚えの有る様に感ぜられるのは何故だろう。怪しむに連れて、様々の疑火が網守子の心に起こる。けれどもう夜に入って、此の上長居も出来無い。

 「何うか私に此の詩稿帖を二、三日貸して呉れませんか。大事に扱って、汚しなどはしませんから。」
と言い、小笛の肉筆に成る、其の詩稿帖を借り受け、此の夜は辞して家に帰った。

 翌朝網守子は家を出た。其の目的は捨部竹里に逢って、阿一の戯曲の事や小笛の詩の売り先などを、相談する為である。其の上に更に「鼠の巣」に立ち寄り、梨英の絵と江南の絵とが、何故に同じ事であるか、其の疑いをも問調べて、梨英が何とか世に出る道を、開き度いと思って居る。

 網守子が出た後で、付き添い婦人初鳥添子も家を出たが、之は蛭田江南の画室に行った。勿論電話で打ち合わせた上である。
 江南は待ち受けて居て、殆ど叱る口調で、
 「大事の金談が失敗したとは、甚(ひど)いでは無いか。」
と詰寄った。

 添「私の落ち度では有りませんよ。私は勉めるだけは勉めましたもの。其れだのに網守子が聴か無いのは、貴方が網守子の心を、引き付ける事が出来なかった落ち度ですよ。」
 江南「今更責任争いをしても無意味と言う者だ。其の様な事は扨(さ)て置き、私は第二の大運動に着手するから、更に和女(そなた)にも其の積りで、大いに助力して貰わなければ成らない。」

 添「第二の大運動とは。」
 江南「愈々(いよいよ)網守子へ縁談を申し込む方針を取るのさ。」
 流石の添子も躍起と為り、
 「其れは甚(ひど)い!」
 江南「イヤ、危急存亡の場合だ。甚(ひど)くとも背に腹は替えられ無い。」

 添「貴方は其れが成功すると思いますか。」
 江南「和女(そなた)に邪魔されては、勿論成功の見込みは無い。其れだから、何うか和女は虫を殺して、内面から助力してお呉れ。ナニ本当に網守子を妻にするのでは無い。愈々婚約が成立ったと分かれば、其の噂だけで、債権者に対する私の信用が、ズッと高くなるから、此の難場を切り抜けさえすれば、婚約を破り、網守子を振り捨てて了(しま)うのさ。」

 添「貴方は当世第一の天才と言われて居ますが、其の上に当世第一の無頼漢ですねえ。」
 湖南「仕方が無いよ、和女は江南の妻では無いか、和女に財産さえ有れば、私の信用は落ち無いけれど、和女に財産が無い為に、止むを得ず、他の女の信用を借用するのだ。和女は助力する義務がある。」
と道理らしく説き立てた。


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