巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume80

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (八十) 介意(かま)ひません

 網守子が殆ど一人で準備するのを、初鳥添子は冷淡に傍観して居た。なに芝居に関する事柄ならば、此の身の知恵を借りずに出来る筈が無いと多寡(たか)を括り、網守子が思案に余って、自分に相談に来るのを待って居た。其の時には大いに自分の手腕の優秀なことを示して、恩に被(き)せる積りであった。
 所が何事も滞(とどこ)おり無く進み行くので、少し水を差す様な態度になり、

 「四十人からのお客では、大層な費用ですよ。勿体ないでは有りませんか。」
 網「私は自分の友達の為には、少しばかりの費用を勿体ないとは思いません。」
 実を言うと網守子は、曾(かつ)て下田夫人から誡(いまし)められ、
 「金持ちが天国に入るのは、駱駝が針の穴を通るより難しい。」
と言われたことを記憶して居る。

 自分が金持ちと為ったことは嬉しいけれど、成るべく此の財産を、人を喜ばせる様な事柄に使い度いと思って居る。阿一兄妹を助ける此の度の催しなどは、善を助ける為であるので、費用などは幾等掛かっても介意(かま)わない。是が網守子の心である。

 添「けれど貴女、田舎者の書いた脚本などが、幾等芝居道の人を御馳走したからと言って、興行せられる筈は有りませんよ。」
 網「興行されなくても、柳本阿一を、芝居道の人や批評家などに親しくして遣れば、何の様な道が開けるかも知れません。私の目的は、彼を其の道の人々へ、近附きにして遣るだけでも満足です。」

 添「其れは美しい親切では有りますが、人を助けると言うことは、先方が出世する事に成れば、恩を忘れて、自分一人の力で出世した様に言い、恩人を軽蔑します。」
 網「其の様な事は、私は介意(かま)いません。」

 添「イイエ、其の様に出世するのは萬が稀です。若し旨(うま)く出世が出来ない時は、生涯貴女に荷厄介に成り、離れると言う事が有りません。私は彼の兄妹の人相を見ると、何うも其の様に思います。キッと生涯貴女のお荷物ですよ。」

 網「イエ、其れでも介意(かま)いません。」
と網守子は唯介意(かま)いませんで持ち切っている。
 是ほど言っても効能が見え無いので、其れでは手伝う外は無いと思ったのか、急に調子を変えて、宛(あたか)も自分が先に立って居る様に働く事と為り、客の座席の配置やら、試演の夜の宴会の手配りやら、色々注意したが流石に行き届く所があった。

 其のうちに日も暮れ頃に及ぶと、誰より先に阿一と小笛とが見えた。小笛は兄の使う人形を包として持ち、兄阿一は、毎(いつ)もの通り両杖で身を支えて居る。


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