巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume84

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (八十四) 活きた俳優(やくしゃ)の如く

 今、蛭田江南の立って居る入口から、丁度正面に見える壁に、彼の路田梨英の書いた下絵が、額と為って三枚懸かって居る。誰でも入口に立てば、此の額を見ない訳には行か無い。勿論蛭田江南の眼にも此の額が映じた筈である。彼の眼は暫し不愉快な角を立てて額の面に留まった。此方の音楽台に居る網守子は、人知れず彼の此の態(さま)を見て取った。

 けれど、この様な場所へ、後れ馳(ば)せに来た人は、作法として、成るべく人の注意を引かない様に、成るべく人を騒がせない様に、静かに席に着かなければ成らない。彼江南はやがて忍び足で、背後(うしろ)の空いた席に着いた。額の絵よりモッと彼の気に掛かることが有るだろうと、網守子は非常に面白く思って居る。

 其の中に、柳本小笛の朗誦の声は、一同の耳に、波の面を渡る風の様に伝わった。初めは唯分かり易い読み方であったけれど、詞(ことば)が進むに従い、次第に調子が引き締まるのは、全く最良の努力を尽くして居るのであろう。

 そうでなくても、小笛は兄阿一が褒める通り、朗誦が中々上手である。其れに、此の戯曲は、今まで幾回、兄の使う人形に合わせて朗誦したか知れない。全く熟路を行く様に、殆ど暗記(そら)で知って居る。其の上に一生懸命の場合であるから、言わば三拍子揃った様な者である。

 仮令(たと)え玄人(くろうと)の様には行かなくても、却(かえ)って玄人よりも品が有って、此の様な席には適当である様にも思われる。
 男の詞(言葉)は男性的に、女の声は女性的に、老いたるは老いたる様に、若きは若き様に、一々其の声を読み分ける調子が、誰の耳にも混雑せずに聞き分けられる。是が朗誦の最も大事な点である。

 兄阿一の使う人形は、最初の中は、聊(いささ)か可笑(おかし)い様に感じた人も、有ったらしい。若し其の前に、網守子の同情に富んだ口上が無かったならば、或いは笑い声を出す人が有ったかも知れない。けれど孰(いず)れも、心の底に先ず好意を湛(たた)えて居る為め、真面目子に見て居たが、見る中に自然と引き込まれて、知らず知らず情が移り、身の丈一尺ばかりの人形が、全く活(生)た人物の様な気がするように至った。

 是が即ち文芸の力である。若し傑作ならば、単に読んだ丈でさえ、夢中に成って感じ入るものを、況(ま)してや、小笛の声が一句一句に力を増し、戯曲の文句は梯子(はしご)登りに、切実な情を登らせて行くのである。こう成っては、死んだ人形も、活きた俳優(役者)の様に、人を感動させる。

 其の感動の中にも、蛭田江南は、此の戯曲が誰の作かと言うことに気が附いた。


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