巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume87

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (八十七) 次の幕は何の様に

 蛭田江南の喝采は、如何にも誠しやかである。何と言う厚顔であろうと、網守子は只管(ひたすら)呆れた。
 江南の喝采に続き、来客一同の間には、種々の褒め言葉が交わされ、暫しは鳴りも止まぬ程であった。其の声の中には、
 「次の幕では何の様に成りましょう。」
などと言う心配気な問も沢山交じって居た。

 其れ等の声の鎮まるのを待って、藤子と網守子が又も短い一曲の楽を奏し、其れが終わって第二幕に移ったが、第二幕は最初から一同の心を引き集めて、第一幕に優る成功であった。此の第二幕と第三幕との間にも又藤子と網守子の奏楽があった。

 第三幕は全く来客を酔わせた。或時は殆ど止め度も無い真実の涙が、席中を動揺させ、或時は又、悲しみの涙が一同の頬を流れた。
 全く此の様に人を感動させる筋書は、近頃の芝居には無い。そうして最後の一段落が、一同に与えた喜びは、確かに我を忘れさせる様な深さであって、婦人達の幾人かは、抱き合って互いに身体を揺すり合った。

 第三幕が終わると共に一同は、阿一と網守子との傍へ推し寄せ、褒め言葉を浴びせ、握手を求めるも有ったが、其の中にも第一の先頭は、一番末席に居た蛭田江南である。彼は阿一の前に立ち、誰にも聞こえる高い声で、

 「イヤ、此の席で此の戯曲を、今夜の試演より前に賞賛する喜びを得たのは私です。柳本阿一君、貴方は実に私の助言を良くお容(い)れ成さった。私の助言に従って、所々に天才的な改変を施した為、イイエ、其の改変は如何に僅かにしても、全く曲全体が引き締まりました。是で私も実に嬉しい。最初に此の作をば、少し改作すれば、大いに有望であると言った私の眼が違わなかった。」

 良くも此の様に偽りが、咄嗟の間に口を衝いて出た者である。けれど柳本阿一は、多分の褒め言葉と聞くのに夢中と為り、気に留める暇も無く、唯満面い笑みを浮かべ、一同に向かって、

 「有難う御座います。」
と繰り返し繰り返してお辞儀するのみである。小笛の方も同じ様な態(さま)であった。
 此の動揺が漸く静かに成ったころ、網守子は又立ち上がって、
 「只今までは、柳本阿一氏の名誉の為でありましたが、是よりは其の妹、小笛嬢の作った詩を、寒村藤子嬢の伴奏で、私が独唱致します。」
と告げた。

 孰(いず)れも又其の席に復したが、其の中の一人、蛭田江南は未だ演目表(プログラム)を見て居ない。此の言葉を聞いて初めて、自分の席に在(あ)った演目表を開いて見た。


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