巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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       (九) 鰐革の嚢(ふくろ)

 譫(うわ)言であるか本気であるか、老人の言葉は猶(なお)も譫言の様に続いた。
 「印度丸の乗客の一人が浜へ打ち上げられ、大怪我をした上に気絶して居たのを、私の岳父(舅)が見付けた。其の首に掛けて居る鰐革(わにがわ)の嚢を誰も知らぬ間に奪(と)りましたよ。

 間もなく其の人が正気に復(かえ)り、自分の首の廻りを探(さぐ)って、
 「アア宝を波に攫(さら)われたのか。是では生きている甲斐が無い。」
と言って再び海へ飛び込もうとした時に、私はアア罪な事だと思い、抱き止めて此の家へ連れ帰り、六十日余も介抱しました。

 ヤッと其の人が全快し、分かれて帰る時に岳父に向かい、印度で命掛けに稼いだのが水の泡となった。せめて鰐革(わにがわ)の嚢の中の物が十分の一っでも残って居れば、半分はお礼に上げ、貴方も私も生涯安楽に暮らせるのに、今は貴方から仮着して、乞食同様の姿で故郷へ帰らなければ成らないと、悲しそうに笑った時には、私は何も彼も打ち明けようと思いました。けれど岳父の悪事を嫁が打ち明ける訳には行かず、知ら無い顔で分かれましたが、此の様な事をして天罰を逃れる筈は有りませんわねえ。

 昔の海賊は、武士の誇りだとか武勇の手本だとか云われました。数多(あまた)の船で、仏蘭西(フランス)や西班牙(スペイン)の海岸へ押し寄せ、上陸して近辺の城を攻め、沢山の分捕りをしては帰った。その代わり向こうからも其の様な船が来て、若し海の上で出合えば、命限り戦って、勝った方が負けた方を船ぐるみ分捕って帰りました。

 この国の王様とても昔は海賊の首(かしら)であったと云われますのに、其の子孫とも有る者が、海から打ち上げられた品物を拾うと見せて、生きた怪我人の首から、財布を偸(ぬす)み、知らぬ顔で其の人を帰して、何で好い事が有りましょう。直に天罰が此の家に降り初めました。」

 「岳父が死んだ後、私は何(どう)か其の嚢を当人に返したいとのみ思い続けましたけれど、其の人の居所は皆無分からず、今までも天罰を受けて居ますわ。私の夫は近海で破船で死に、息子は海軍士官で海で死に、孫は政府の水先案内を勤めて居るうち、霧に包まれて暗礁に乗り上げ、曽孫は遠い親類へ婚礼の祝いに妻子を連れて本土に行き、其の帰りに颱風(はやて)に逢い、妻と二人の子と共に溺死しました。其の時に家に残された末の娘が此の網守子です。私だけが天罰を受ける為に、この世へ残されて居るものと見えます。」

 是が若し事実なら、人生の一大悲劇であると梨英は物凄く感じたけれど、網守子初め一同は幾度も聞き慣れた為か、将(は)た胡弓と糸車との音で良く聞こえなかったのか、其れとも譫言(うわごと)と思うて居るのか、別に気にも留め無い様子である。


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