巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume90

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (九十) 外科の小刀

 Lは梨英の「リ」、Mは路田の「ミ」であること言う迄も無い。此の名を、蛭田江南の変名で有ろうと鑑定する批評家は、実に豪(いら)い。若しも江南の絵を、充分に研究して、偽物に欺かれない丈の眼識の有る人ならば、此の絵と江南の絵とは、全く一人の筆に成り、少しも違う所は無い。

 けれど、法律事務の鑑定と同じ眼を以て、此の絵を、江南の絵では無いと主張する、谷川弁護士も流石に見当違いの論では無い。此の場合、何方(どちら)を間違ひ、何方を当たって居ると言うべきであろう。全く何方も当たって居る。何方も間違いでは無い。間違いは、絵よりも深い所に在るのだ。江南其の人に在るのだ。

 此の争いを、直接に江南自身に向かって質問することは、実に奇観である。知らず江南は何の様にに答えるであろう。
 実を言うと江南は、耳の隅から、此の争いを聞きつつあった。彼は自分の正面に捨部竹里を控へ、自分の詩と柳本小笛の詩とが、似て居るとの話を受けながらも、耳と眼とを、部屋の四方に配って居た。

 総て脛に傷持つ人は、良く心を配る者である。其の中でも彼の心は良く八方に行き届く。昔東洋の英雄は、右の眼は眠り、左りの目は醒めて居たと言うが、彼江南も、その様に生まれ附きで有るかも知れない。目でも耳でも又は舌でも、様々に使い分けることが出来る様である。

 其れでも彼は、谷川弁護士が、自分の傍へ歩み来ると見た時には、臆病な患者が、外科医者の、刀の光を見た時の様な、心持がしたのでは有るまいか。或いは自分の穿(は)いて居る靴の底に、棘が直立している様に感じたのでは有るまいか。誰も気は附か無いけれど、全く彼の身は、立ったままで居ることさえ、辛そうに見えた。

 直ちに谷川弁護士は彼に向かい、
 「蛭田君、僕は余(あんま)り馬鹿げたことを、君に問うが、君は嘗(かつ)て、変名など用いたことは無いね、」
 谷川弁護士は、唯変名を用いた事の有るか無いかと言うだけで、此の争いが決すると信じて居る。全く法律家だけに、良く要領を得たものである。

 谷川の後に従い、幾人かの紳士貴婦人がここに来た。甲紳士も勿論来た。谷川が原告ならば甲紳士は被告である。そうして蛭田江南は今は裁判官と言う位置に立てて、曲直を争うのである。此の時の江南は漸く一筋の活路を見出したと見え、軽く笑って、
 「其れは六つかしいお尋ねです。変名を用いた事が有るか無いかとは、生涯の記憶を探って見なければ、お返事が出来ません。アハハハハ。」

 甲紳士は此の逃げ道を塞ぐ様に、
 「イイエ、彼の額の絵は、君の画か否やと聞くのです。」


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