巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume95

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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      (九十五) 細工は流々

 蛭田江南の考えでは、網守子が路田梨英を知って居るとしても、梨英の画が、この江南の画だとは知らないだろう。同じく柳本小笛を知って居るとしても、嬢の詩がこの江南の詩だとは知るまい。其の様な事は、梨英でも小笛嬢でも堅く秘密を守り、少しも網守子へ知らさなかったのに、網守子が自分で気が附いたのである。

 けれど、江南は網守子が、そこまで気が附いて居るとは思わず、昨夜の事を、単に偶然だと信じている。何も網守子が故意に自分へ当擦りなどする謂われが無い。
 彼は添子に答えた。

 「和女(そなた)は女だけに神経質だ。色々に邪推するのだ。なに、網守子は此の頃大変私へ親切だよ。先達(だ)っても様々に私を引き留め、自分の絵を直して呉れなどと、頼んだでは無いか。」

 添「其れにしても、今日縁談を申し込むのは無益ですよ。」
 江「イヤ、一日も空しく延ばす事は出来ない。」
 添「断られても構わないならば、申し込んで御覧なさい。今日網守子は、国民美術院へ行って居ますから。」

 「オオ国民美術院なら丁度良い。彼所(あそこ)は、朝の間は極々静かで、何の様な密話でも、出来る様な廊下がある。」
 添「貴方は丁度、芝居の悪方を勤めるのですねえ。妻にする心も無いのに、縁談を申し込んで、一月なり二月なり自分の信用を高くして、其れで直ぐに振り捨ててしまう。

 その様な目的が真に達せられるなら、私は決して賛成はしませんけれど、断られるに極まって居ますから、私は安心して網守子の居所を、教えて上げるのです。」
 江「何でも好い、細工は流々だ。」
と云って立ち上がった。

 添子は更に注意を与える様に、
 「ですが網守子は、貴方の思うよりも十倍も二十倍も賢い女ですよ。貴方が知らないだろうと思う事でも、良く知って居るのですよ。」
 江「細工は流々、細工は流々。」
こう言捨てて江南は立ち去った。

 彼は其の足で、直ぐに国民美術院を指して急いだが、併し今云う添子の言葉が、妙に気に掛かり出した。果たして網守子は、画の事や詩の事にまで、何か気が附いて居るのだろうか。真逆(まさか)に昨夜の事を、自分へ当て付けたとは思われ無いけれど、其れにしても、梨英を知り、小笛を知って居ては、此の身に取って実に危険である。

 特にあの通り、段々交際の範囲も広くなり、小笛や阿一を世間に紹介する様では、此の後何の様な事で、秘密の奥底まで見抜かないとも限ら無い。
 若しも此の身の名誉に、破れ目が有るとすれば、其の破れ目は全く網守子の方面から来るのだ。

 そうすれば、益々以て、早く網守子を我妻にし、危険の口を塞がなければ成らない。此の為には添子を振り捨てても構わない、などと思案した。


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