巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume99

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (九十九) 婦人でも未丁年でも

 「貴方の詐欺生活を知って居ます。」
と言われ、一々其の次第を数え立てられ、通例の紳士なら何の様に答えるだろう。
 自分の身に、少しも其の様な覚えの無い、正直な紳士なら、驚きはするとも、勿論恐れはしない。而も其の驚きは、自分の驚きでは無く、相手が発狂したのかと驚いて、直ちに怪しみともなり、憐れみともなり、やがて相手が発狂で無く、全くの誤解であると知るに及んでは、静かに其の誤解を諭して、少しも疑念が残らない様にするで有ろう。

 蛭田江南はそうは行かない。驚くことは実に驚いた。全く顔の色も変った。が、其の驚きには、大いなる恐れも籠って居た。
 けれど彼は、此の様な場合にも度を失わない。彼の態度は直ぐに芝居の紳士らしく、傲然たる怒りを現わした。

 「之は怪しからぬ事を仰る。而も外ならぬ貴女が、私に対し、その様な無根な事を。全体誰が貴女の頭へ、其の様な途方も無い妄想を、注ぎ込みましたか。」
 網「誰が注ぎ込んだか、其の様な事は問うに及びません。貴方の詐欺生活は事実です。人は知らなくても、貴方自身が、知って居るでは有りませんか。」
 網守子の声は殆ど叫び声である。

 江南の態度は実に旨い。芝居としてなら、全く人を感動させるで有ろう。彼は傲然として頭を挙げ、而も無限の怒りを帯びた様な声で、且つ最も厳重に、

 「若しも第三者の聴いて居る所で、其の様なことを仰れば、直ぐに私は自分の弁護士に指図して、誹毀(ひき)罪《名誉棄損》の告訴を起こさせます。相手が婦人であろうとも、たとえ丁年未満であろうとも、刑罰を免れませんぞ。貴女の言葉は刑法に触れて居ますぞ。」

 全くの威嚇である。
 網「名誉棄損であろうが、何で有ろうが、私は事実を言うのです。此の事実を、私は第三者の前で言うか言わないか、見て居らっしゃれば分かります。私は貴方の詐欺の被害者を、救わなければ成りません。」

 被害者を救うとの言葉だけは、寧ろ言わない方が好かった。若しも被害者の身の上へ、江南の復讐が来る様では、取り返しが附かないと、網守子は後で気が附いた。
 江「私は無根の誹毀を恐れません。法律の無い国では無いのです。」

 網「もう貴方の言葉を聞き度く有りません。私の前をお去り成さい。お去り成さい。未だ去りませぬか。」
と言って網守子は、足を踏み鳴らした。其の音は静かな室の四壁に響いた。

 彼はまだ何やら言いたそうに、少し躊躇したけれど、ここまで言われては、矢張り傲然として去る方が、此の際に於いて一番紳士らしく、一番威厳の有る仕方だと思ったか、漫画の帝王と言う見えで、反り返って悠々然として立ち去った。

 網守子は宛(あたか)も戦線の布告を発した様に感じた。


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