巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

sutekobune123

捨小舟   (博文館文庫本より)(転載禁止)

メアリー・エリザベス・ブラッドン作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2015.2.24

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         捨小舟  後編   涙香小史 訳

                  百二十三

 航海の術大いに開け、造船の方又著しく進んだ今の世に於いてすら、北洋探検は最も危険な業にして、無事にし果(おほ)せた者は殆ど少なく、大抵は行方知れずとなり、数年の後に及んで、飢え死にしたその遺骨と、氷に挟み砕かれたその船体が後の航海者に見出される程であるので、況(ま)してや、今を距(さ)る数十年、海上の地理も暗く、船も未だ不完全な頃に在っては、北洋探検と云えば、十が十迄命を捨てる業と見做されていた。
 「イタリアン」号の乗組員一同が、その船長牧島侯爵と共に死ぬ覚悟で出帆したのも当然で、園枝がそうと聞き、気絶したのも無理は無い。

 是から宣教師は親切に園枝を介抱し、その正気に復(かえ)るのを待って、更に北洋探検に就いて、様々の事を税関員に聞き合わせ、この後侯爵の船がどの様な運命に落ち入り、何れの所に見出されるのか、殆ど当度(あてど)も付け難いことを知ったので、園枝に向って、最早何も彼もその身の不運と断念(あきら)めるべき事を説諭(ときさと)し、泣き崩れるのを助け起して、ここから連れ去ったが、是から園枝が如何したのか、時が随分経た後まで、更に知る人が居ないこととなった。

 それはさて置き、園枝の行方が知れ無い事に絶望し、家も世間も振り捨てて、再び英国には帰らないと言って立ち去った常磐男爵は、真に故郷の事を打ち忘れ、真に家をも財産をも捨てたも同然だった。留守居の者から、財産の管理方その他の用事に付いて手紙を送っても返事が来なかった。指図すべき大切な事件があると言っても、敢えて指図を送る事をしなかった。

 交際上の音信から一切の義理や交際なども総て怠り、本国の人が何と云おうとも、更に心に留めない有様で、旅から旅に三年ほど送っていたが、この様に時が経っても、心の痛みは少しも忘れる事が出来ないと見え、容貌自ずから痩せ衰え、この三年の間に、十年も歳を取ったかと疑われる様となり、頭髪も多くは白髪と変わり、面白い事が有っても、昔の様に笑い興ずるなどと云うことは更に無かった。

 唯男爵に連れられている小部石大佐は、医師の云った様に、薬の効より月日の功により、身動きもしない身体に、幾分の血気を回復し、目使いなども追々に確かとなり、一目見た丈では殆ど健康の人が唯寝床に臥せっている丈かと思われる程になったが、三年目の春の初めに及び、男爵と大佐の一行は物淋しい露西亜(ロシア)、土耳古(トルコ)の旅行を終え、再び繁華な仏国巴里府に戻って来た。

 何様かつて非常に広く交わりを結び、世に時めいていた男爵の事なので、その巴里に着するや、交際社会に属する新聞紙は、希代の珍客でも現われた様に男爵の事を報じ、更に小部石大佐の奇妙な容態なども彼是と書き載(の)せたので、昔男爵に少しでも、伝手(つて)を持っていた人は、そ伝手を利用して、男爵の旅館に尋ねて来た。

 或は夜会の案内を送る者も有れば、種々の催しの仲間に誘う者もあり。陰気だった男爵の生涯も、茲(ここ)に再び春風春水の、一時に来る陽気となろうとしていたが、悲しいことに、男爵の心の中は既に春色全く尽き、浮世の楽しみに何の感じをも催さない程となっていたので、如何なる案内をも悉く謝絶して居たが、この頃巴里の某劇場に、非常に異様な評判を得ている音楽婦人があった。その人の誰、其の顔の醜美、其の歳の老若は劇場主もこれを知らないとの事で、更に又不思議なのは、その婦人の姓名をば何人も知らない一条である。

 女俳優、女音楽師などと云う類は、総てその名を広め、その顔の美しきを世に見せて、贔屓(ひいき)を得る者なのに、この婦人音楽師は、唯「無名女」と云う称呼(よびな)で舞台に上せられ、顔は濃く黒い覆面で深く包み、何人にも見せることは無い。この様な素性も履歴も知れない怪しの者が舞台の上に現われたならば、唯一夜にして聴客から叱り下ろされ、非常な不評を受けるべきなのに、この無名女だけは、幸いにも、一、二夜にして、非常な評判と為り、人はこれを「無名女」とは云わず、早くも「覆面婦人」と云う綽名(あだな)を附け、我も我もと押し掛ける事となった。

 抑々(そもそ)も、この婦人がこれ程までも評判を得たのは無理は無い。顔は見えないが、音楽の台に向って座すその姿の優(しとや)かなことは、名高い女俳優の中にも多くその類を見ない。更に歌い出る声の、豊かにして麗しきは、何十年来、巴里の劇場では、聞いた事が無い程と云い、中にもこの婦人が悲しい歌を唱(うた)う時は、その声は肺肝から出でて、聴く人の肺肝に入り、満場涙に咽(むせ)ばずにはいられなかった。

 この様な有様なので、この覆面婦人が何者なるかは人々の最も疑う所となった。
 或る人は是は某貴族の愛児にして、父母は児の愛に溺れ、種痘さえも痛わしいと言って、年一年と延ばすうち、七歳の歳に最も激しい天然痘に罹(かか)り、花の顔(かんばせ)を見る影も無いまでに頽(くず)したので、声を以って人に優れる外、世に出る見込みが無くなり、只管(ひたすら)音楽を稽古させた。濃く黒い覆面は其の醜い顔を隠す為であると云う。

 或は英国の身分が非常に高い貴婦人で、我が音楽の堪能なるのを世の中に誇り度くても、身分に妨げられ、その意を果たす事が出来ない為、顔を隠して劇場に現われているのだ。給金の為にでは無く、道楽の為にして、即ち劇場主に莫大な金を与え、覆面で現われる特別の承諾を得たのだなどと云って、有る丈の想像をし尽くした。

 男爵が巴里に入ったのは、この婦人が初めて現われてから、幾月の後にして、男爵の逗留中は、その評判の最も高い頃だったので、男爵を訪い来る客の中に、この婦人の音楽を聴きに行こうと勧める者が多く、一切の誘いを断って居た男爵も、ツイその気になり、それ程の音楽ならば、目と耳の外に感じの無い大佐にも、一晩聴かせて楽しませようと、遂に桟敷の一角を買い切って、不具なる大佐を扶(たす)け連れ、愈々(いよいよ)覆面婦人の音楽を聴きにと出掛けた。


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