巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

sutekobune133

捨小舟   (博文館文庫本より)(転載禁止)

メアリー・エリザベス・ブラッドン作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2015.3.6

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         捨小舟  後編   涙香小史 訳
 
                    百三十三

 娘二葉の紛失に驚いて、園枝は馬車に乗り、何れの所を指して行ったのだろか。それは暫く後に譲り、さても常磐男爵は園枝の住居(すまい)にこの様な椿事が起こっているとも知らず、翌日は再び園枝に逢い、親切を尽くしして、昔日の夫婦仲に復(かえ)る下地を開きたいと、様々に贈り物など買い調(ととの)え、自ら馬車に載せて、昼頃から園枝の住居へと訪ねて行ったところ、非常に静かな家が、又一段と静かなので、何か変わった事でも有りはしないかと、先ず危ぶんで、案内を乞うと、昨日来た時に見た彼の乳母、心配そうな様子で出で来て、主人の不在である事を告げた。

 男爵は益々唯事では無い見て、その仔細を問い糺(ただ)すと、乳母は園枝から何人にも他言するなと言付けられた事なので、容易には語らなかったが、真情面に現われて、園枝の不幸を我が不幸の様に思う男爵の真実な様子を見て、この人ならば、内々に告げても悪い事には成らないと思い、昨夜の事を細々と男爵の耳に入れた。

 男爵は聞き終わって、園枝にも劣らないほど且つ驚き、且つ悲しみ、この様な一大事変があっては、園枝よりも我が身自ら奔走し、その娘の行方を尋ねなければ成らないと、早くも茲(ここ)に思案を定め、園枝に宛てて一通の手紙を遺し、
 
 「御身の娘は余の娘にして、この事の不幸は即ち両人の不幸なので、我も充分に捜索する。就いては明日再び尋ねて来る故、何事が有っても家を出ないように。」
などと記し、乳母に托して立ち去ったが、捜索とは云うものの、何事を目当てにし、何を頼りに手を着けたら良いか、実に一寸の端緒(いとぐち)も無い事件なので、宿に帰って殆ど思案に飽捲(あぐ)んでいると、そこに前から二カ月に一度、五カ月に二度位、今もまだ欠かさずに、小部石大佐の容態を見舞いに来る彼の横山長作が来たので、せめては彼にでも相談しようと直ちに我が部屋に呼び入れた。
       
 抑々(そもそ)も横山と男爵とは、以前園枝を訴えた頃ほどの親密な仲では無い。男爵は園枝の無実であることを知るに従い、園枝を疑った我が過ちを悔いると共に、その過ちを助けた横山をも憎み、彼さえ居なかったならば、たとえ園枝を疑っても、牢に下す迄の手酷(ひど)い処分を施すには至らなかったものをと思い、今まで一両度、彼に向って、彼の探偵の不行き届きを責めたので、

彼は正直一方の男なので、よく自分の身の落ち度を認め、成程園枝夫人に対しては、何等の証拠をも見出すことは出来なかったが、未だ古松に対しては、益々確かな証拠を得たので、他日必ず古松を捕え、積年の仇を報ずる時があるし、又男爵の為には、何か一廉(ひとかど)の功を立て、今までの過ちを償い、且つは主人小部石(コブストン)大佐が永々介抱せられるその恩に報いたいなどと云い、その後もこの様に時々に訪(おとな)い来ていた。

 男爵は今が今まで再び横山に、探偵を頼むような場合があるとは思ってもいず、彼の言葉を一片の挨拶と聞き流し、彼を度外に見捨てて置いたが、今日は殆ど仕方無く、彼に向って、

 「かねて功を立て、過ちを償うと云ったその功を、至急立てて貰はねばならない時が来たと云って、園枝の今の住居と身の上から、娘二葉の紛失の次第をば詳しく語ると、横山は早や手掛かりでも得た様に呑み込んで

 「男爵、今度こそは功を立てます。私は早や大凡そその曲者が分って居ます。」
と云い切ったが、男爵は容易には感服せず、
 「お前は古松を主人の敵と狙って居るため、悪事さえ見れば何でも彼(か)でも、直ぐ古松の仕業と云うけれど、探偵と云う者は、何の証拠もない中に、疑い付けては、その疑いのために過(あやま)ってしまう。」
  
 横「今度こそは大丈夫です。既に幾分の証拠が有ります。今度私がこの仏国に渡ったのも、実は古松がこの国へ渡った事を突き止めたから来たのです。そうして古松の人相書きを持ってこの巴里の探偵吏などに悉く聞き合わせましたが、実に不思議な事を聞き出しました。先頃貴方の依頼により、覆面婦人の住居を探った探偵が、パッシーの植木屋で、私の言う通りの人相を見たと云います。而もその植木屋と云うのは覆面婦人の直ぐ隣で、そうしてその人相の人は頻りに覆面婦人の裏口を覗いて居たと言う事です。

 深い仔細は分かりませんが、其の者が古松で、即ちその嬢
様を盗む為に裏口を覗いた者と認めるのは、是は妥当な判断です。」
 男爵は我が身が、覆面婦人の住家(すみか)を、探らせた事まで、早聞き知れる横山の捷(はしこ)さに幾分か打ち驚き、又一方には其の古松を疑うのも無理も無いと思ったが、まだ合点の行かない処も多く、又予(か)ねて悪人と噂を聞く古松の様な者が、未だ園枝に仇せんと企んで居るのかと思うと、何となく薄気味悪く、一刻も早く其の悪人を捕えなければ、この後我が身と云い、園枝と云い、少しの安心をも得ることが出来ない思うので、

 「私はナニお前の見込みの良し悪しは何とも言わない。唯至急に娘二葉を探し出して、取り返し、そうして、その盗んだ悪人を罰する様にしたい丈だ。費用は幾等掛かっても好い、早く、早く。」
と急促(せかし)立て、横山を出して遣ったのは、早や夜の十一時過ぎた頃で、男爵は是から劇場に行き、今夜園枝が無事に舞台に上ったかどうかを見届け、都合好ければ、逢って話も仕度いとまで思ったが、夜が更けたので、それよりも明朝、又も園枝の住居を訪ねて行って、緩々(ゆるゆる)と話す事にしようと、この夜はその儘(まま)臥(ふ)したが、愈々(いよいよ)翌日になったら、更に意外な事柄が起こっていた。




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